断捨離は好きだけど、ちっとも上手ではない
目の前に雑多なモノが置いてあると、とにかく(捨てたい!捨てたい!)と心の声が叫び続ける
夏モノを仕舞う時、今夏に袖を通さなかった服はみんな捨てたい
でも、躊躇もするし、モノは一向に減らない
捨ててから後悔するものもある
10年前、東京から信州に移住する時もたくさんのモノを捨てた
引っ越しほどモノを減らすチャンスはない
当然、捨てるための物差しの目盛をぐーんと下げる
ただ、10年の間に、何度も後悔したものがある
それは辞書
広辞苑も捨てたけれど、長年使っていた漢和辞典、英和中辞典、使い慣れていた英和和英辞典、英英辞典、フランス語、スペイン語の辞書。
アメリカで手に入れた一部のイディオム辞典だけ残して、殆どを捨てた
世の中は、なんでもPCで調べるようになり、辞書や辞典の役割は減る一方だったし、
何よりも決定的だったのは、文字が小さすぎて読めないのだ
老眼鏡を掛けてもあの文字は見えない
見えないモノは読まないから、要らないモノということになる。
英語の単語やスペルが分からない時、
日本語の単語の意味や使い方に不安がある時、
PCに打ち込む
最近は、AIが答えてくれる
しかし……つまらない
辞書で単語を調べると、用例等たくさん文章が書き連ねられていて、読むのがとても楽しかったし、実際、使い方をしっかりと把握することが出来た。
ネットではそうはいかない。
英語なんて、まあ、この単語でいいか、これで伝わるし…
とか、適当に単語を選んで文章を書き連ねている感じがする
ああ、辞書が欲しい
でも、歳を取って老眼が進むと、メガネを掛けても見えない、読めない
虫眼鏡をかざして読むなんて疲れるだけで、ちっとも文章を読むにはふさわしくなかったのだ。
あっ、ハズキルーペってのを掛けたらどうだろう? 私にも読めるかしら?
手に慣れた思い出の辞書は、もう手に入らないけれど、
英和中辞典なら本屋さんに行けば売っているだろう
ちっとも勉強はしないのに、果たしてそれが必要なのか?
後悔の日々はまだまだ続くのでした。