プロジェクトX 【カーリング 極寒の街に熱狂を】は
過疎地をカーリングの町にした小栗祐治という方が主役だったのだけれど、
彼の言葉「キュンとしたい!」で色々考えさせられた
そうだ、私は「感動したかったのだった」
人は皆、幸せになるために生きているのだと思っている
その幸せの形がそれぞれなので、
生きがいとか、信念とか、それぞれの人が違ったものを持ち、
違った生き方をしている
全く理解できない人間が
例えば、
有り余るお金を持っているのに更に金儲けに勤しむ人とか
大きな権力を持った高齢者が、いつまでも現役に縛りついていたりとか、
私には全く理解できない生き様の人たちも
それが幸せだからやっているのだろうと思うことにしている
私は、安定した安心な日常の中に、
「興奮して涙が溢れるような感動」が
どのくらい頻繁に起きるか
その数が多いほど幸せなのだと思っている人間だったことに
気付かされた
若い頃は自分が行動することで
感動を生んだり、
感動を与えたり、
同時に大きな感動をいただいたりして
満足な日々を過ごす努力をしていた
歳をとって、行動するエネルギーや行動範囲が狭まってきて、
今は、誰かの行動や作品によって感動を頂こうと目論んでいる
感動というものは、
多くの可能性のあるモノを
しばし我慢して見て、
大半は、裏切られたり、そこそこ楽しかったねで終わったりしつつ、
何十回に一回とか、何百回に一回とか得られるモノ
心躍り、感極まって、涙が溢れ、しばらくその空気感に没頭できる
その瞬間のために、
日々、自分の興味の持てるモノを探しつつ
旅を続けているような気がする