映画を見て2日経ったし、感想を書くつもりで見ていなかったので、細かいセリフとか覚えていないのだけれど、色々思い出すので、自分の頭の中を整理するためにも感想を書いてみようと思いたった。

 

まず、3時間は長い。でも最初から3時間と覚悟していたせいか、長くは感じなかった。面白くはなかったし、感動もしなかったけれど、とてもよく作られていたと思うし、色々考えさせられた。

とても難しい作品だった。

 

最初に感じたのは、チェーホフを読みたいと思った。

チェーホフの作品は、数本は読んでいるし、舞台を見たことも何度かある。でも「ワーニャ伯父さん」は読んでいない。見てもいない。と思う。(演劇鑑賞の記録はいつだったかPCの中から消えてしまったので探せない)

 

チェーホフの印象としては、とても才能のある脚本家だった。そのためか、難しくて私には理解が追いつかない。何作か読んだけれど、その良さがよく分からなかった。けれど、嫌いではなかった。

 

そもそも若い頃に読んだ、世界戯曲全集に出てくるような戯曲は、みんな難しくて面白くなくてよく分からなかった。その中のいくつかの作品は、それから後に何度か読み直す機会があって、その良さを理解できたけれど、読み直す機会がなかった作品はそのまま記憶の片隅に追いやられている(記憶にもないかな?)

 

まずチェーホフを読み返さないと、この映画を理解できないじゃない!と感じたし、ラストの生きていかなければならない苦しみを、「ワーニャ伯父さん」の戯曲を通して感じたいと思った。

 

3時間を長いと書いたが、3時間の映画で大好きだった作品がある。「ディアハンター」という作品で、ロードショウで5回以上は見た。あの作品では、最初の1時間は、結婚式のシーン。これがある意味長い。1時間後に、突然爆音のようにヘリコプターの音が入り、映像がベトナム戦争に移行する。インパクトは凄い。そして、最初の幸せだった結婚式時代のシーンが1時間あったことで、私たち観客の中にしっかりインプットされ、その後の不幸な日々との比較になったのだと理解している。

 

この映画では、(時計は見なかったのでよく分からないけれど)最初の1時間は、妻との幸せな日々を描いているように思われる。が、後で分かるが、幸せな日々だけではなく、妻が別の男と寝ている事実を、見てみぬふりする主人公のそれまでの生き方をも描いていた。

 

ひとつ理解出来なかったのは、妻の愛人の一人であった男(岡田将生演じる)も、亡き妻の創作のストーリーを丸々知っていた。それは、寝物語で語ったという事実を表しているのだろうけれど、分からなかったのは、その愛人の方がストーリーの先を知っていたこと。これは何を意味していたのだろうか?(分かりませんでした🙇)

 

この作品のテーマは、(西島秀俊演じる)主人公が、生きていくことが辛くなっている現実世界で、稽古中に出会った人や起きた事象を超えて、最後、もう一度ワーニャ伯父さんを演じることを可能とする。そのセリフは彼の人生にそのまま重なっている。

 

この映画の中で取られている彼の演出技法。(あらゆる言語で演じることをOKとする)は、見たことがないけれど、ラストのセリフが、韓国手話で語られるくだりは、圧巻だった。素敵な女優だったし。

 

彼女の夫で、演劇祭のスタッフを演じていた韓国人の役者も素敵だった。

当初、呼ばれてやってきた演出家(主人公)は頑なにドライバーを拒絶している。しかし、スタッフが理由を説明して、そこに滞在する間は、運転はすべてそのドライバーに任せて欲しいと言い、納得させるわけだが、その流れの中で、彼でなければできない役だと感じた。もしこれを日本人の役者がやるとしたら誰だろうか? 八嶋智人を思いついた。(敬称略)でも彼の芝居はちょっと煩い。では、勝村政信は…?彼は最近静かな芝居もするし。と考える程度にしか私には思い浮かばなかった。

 

ワーニャ伯父さん役の男優が、警察に捕まって、公演を中止にするか演出家の彼が自ら演じるかの選択を迫られた時、彼は「もうワーニャ伯父さんは演じられない」と言う。なんと言ったか正確な言葉を思い出せないが、あの役をやると自分の心の中から抉り出されるようで辛くて仕方がないのだ。それがよく分かって、辛かった。

 

役者という職業は、ある役を演じる時、魂を揺すぶられることがある。時々、魂を抜き取られるような役に出会うことがある。これは役者という職業にとってはラッキーなことだが、一人の人間としては最悪のことなのかもしれない。役に引っ張られて自分を失っていく時もある。自分に戻るのに時間が掛かることもある。だから、主人公が、あの役は(怖くて)演じられないと言った気持ちがよく伝わってきた。

 

国際色もあり、チェーホフのワーニャ伯父さんとリンクしたこの秀作は、国際的に評価が高かったことは、納得がいくが、果たして、日本人の一般観客のどれほどの人が、面白かったと言うのだろうか…?