お盆というものに生涯縁がなく(田舎も親戚付き合いも殆どなく)今年もいつまでがお盆休みなのかトンと分からず、昨日出かけたらご近所が観光客で混んでいてお昼ご飯を食べるのにも四苦八苦した私です。

 

だから、お盆に亡き人や亡き猫が帰ってきてくれることを考えたり感じたりすることも殆どない。

その代わり、いつでもどんな時でも会いたい時に想うことはしているわけですが…。

 

亡き母に会う方法(男の人は亡き父になるのかなぁ?)

 

母が亡くなった直後、彼女に会いたくて会いたくて会いたくて、

母の妹、つまり私の伯母にあたる人に会いに行ったことがある。

生きている時は思わなかったけれど、叔母に会うと母の面影を見つけることが出来た。

 

それから数ヶ月後、

私は、もっとしっかり、もっとはっきり亡き母の面影と会うことが出来た。

 

母の衣類などを片付けて、趣味の合うものはなるだけ身につけて利用するように心がけていた。

その日は、母の遺品である、フワッとした上着を着ていた。

生前から、洋服を借りることは結構あったのだ。

 

駅のホームで電車を待つ。

そしてホームに電車が滑り込んできた時、その電車に乗り込む準備で顔を上げた。

その時、母に会うことが出来た!

 

走り込んできた電車の窓に、母の上着を着た自分の姿が映ったのだ。

その瞬間、本当に母かと思って一瞬ドキッとした。

 

生前、母に似ていると言われたことはあまりない。

父にも似ていると言われたことはあまりない。

それでも、その瞬間分かったのだ。

叔母よりも、遥かに私の中に母の面影が残っていることを。

 

毎日鏡を覗く。

鏡に映った自分の顔を見て母に似ているなぁと思うことは殆どない。

それでも、

自分よりも母の面影を持ち合わせている人間が、

この世にいないことだけははっきりしている。