大人になった私が初めて路上で募金をするのは、もっとずーっと先、

多分、今から15年くらい前のこと。

当時私は荻窪に住んでいた。

荻窪駅を歩いていると、時々、募金活動をしている人を見かける。

いや、結構見かける。

 

ある日、私の耳に飛び込んできた声があった。

ある年配の女性の声だった。

募金箱を持ったその人は、

小児病棟に学校を作るための資金を募っていた。

その声に引き込まれて私は、子どもの頃から信じていなかった募金をした。

 

そのことがあってから、私は自分の感覚に頼るようにした。

内容は勿論大事だけれど、

それよりも、説得力のある声

私が募金したくなればすればいいのだと考えるようになった。

 

それでも、募金しよう!と感じても出来ないことは多々ある。

 

時々、子どもたちや学生たちが数人で募金を募っていることがある。

学生たちは勇気がないからなのか?それが効果的だと考えているのか

みんなで声を揃えて「お願いします!」と大声を張り上げている。

 

千円以上のまとまったお金を募金する気持ちがあるのならばともかく、

私は、いろんな場所で募金したくなるので、お財布に入っている小銭を全部とか

募金箱に入れるようにしている。

つまりそれは、700円のこともあるけれど、17円のこともあるわけだ。

何処かへ向かっている途中で、募金をしようと思っても、

わざわざバックパックを背中から下ろして財布を出し、

そこから、たった17円差し出すのには、勇気がいる。

 

更に、数人の学生たちに見つめられていたりすると大変だ。

更に、それっぽっちの小銭を投入したがために

学生たちの揃った大声で「ありがとうございました!」とか言われる恐れがあるのだ。

それで立ち止まる勇気がなかったりする。

小銭がポケットの中にでも入っていればサラッと格好良くできるのだろうが…

 

それにしても、人に気付いて貰うためにも大声で募金の内容を説明したり

「お願いします!」と大声で言うのは、ありだと思うが、

募金してくれた人に対しても同じような大声で「ありがとうございました!」

というのはやめたほうがいい。

そもそも距離感があっていない。

すぐ目の前まで行って、小さなお金をボックスに投入した人には、

その距離感で、その人に届く程度の音量で言えば良い。

 

そう言う意味でも、最初荻窪駅で遭遇した老婦人の喋りは

こちらに伝わって来たのだ。

彼女は感情を持って自分の言葉で喋っていた。

大きな声ではなかったので、目立ってはいなかったが、

私には響いた。

品のある女性だった。