新型コロナウィルス対策として、生活が一変しています。
私は長野県の田舎に住んでいるので、近辺は自然が多く、人が少なく、
発症者はいません。
それなのに、3月になってから、あらゆるイベント、サークル活動が中止になりました。
それにともなって、みんな気をつけていると思う。
私は、夫以外の人とは誰とも室内でおしゃべりしていない。
数回友人と喋ったのはすべて外。
スーパーマーケットに買い物に行くと8割の人がマスクをしている。
ここではあまり必要ないと思うので、もったいないと感じてしまうが、
年配者は怖いだろうから仕方がないか。
週に一度、仕事で東京へ行く。
田舎で綺麗な空気と水で生活しているので、東京は雑菌だらけで怖い。
いつも、電車通勤すると東京都に入る頃にマスクを着用するのは日課。
本当は仕事が休みになって欲しい。
私の仕事は、かなり怖い。
若者たちが教室に集って、発声とかしてしまうわけだから。
一応、提言はしてみたけれど、学校が休みにならないので、
私の判断で休んだり、稽古内容を変更したりしているけれど、
とってもとっても怖い。
東京を歩いていると、田舎よりもマスク率は低い。
マスクが足りないということもあるのだろうが、
若者が多いからのような気がしている。
若者たちは、最近自分がコロナに感染しても大したことなく終わるだろうと思っているのかもしれない。
でも、怖いのは移ることよりも移すことだ。
症状がなく、陽性だった人たちのCTを撮ったら、半数以上の人の肺に異常が見られたという結果もある。症状が出なくてもかからないに越したことはない。肺は炎症を引き起こしていたのだ。
軽症だった人の話を聞くと、かなり苦しいきつい病気だったと耳にする。
肺炎だもの、呼吸器だもの、苦しいに決まっている。
そして、恐ろしいのは、知らない間に誰かに移すこと。
それが年寄りだったら殺してしまうことになるかもしれない。
それで思い出すのが、
高齢者の交通事故。
アクセルとブレーキの踏み間違いなどを含む高齢者の運転ミスにより交通事故を引き起こし、
若い人を含む人が亡くなるというニュースをよく耳にする左近。
私も車を運転するので他人事ではない。
何よりも怖いのは、車という武器を動かすことで、誰かを殺してしまうことだ。
だから、運転するときは緊張感が必要だ。
事故で自分が死ぬよりも、誰かを殺してしまったらきっと余生は最悪のものになるだろう。
ウィルスも同じ(もっとたちが悪い)
自分の軽はずみな行動で、誰か高齢者に被害が及ばないように
危機感と緊張感を持って、この時期暮らしていきましょう。
そうすれば間違いなくいつか(数ヶ月後か来年か…)収束します。
田舎よりも東京の雑踏の中で緊張感のなさを痛感する私の戯言です。