原村に来てから、子どもたちと接することが俄然多くなった。
東京で生活していると、子どもを持っている人たち以外は、なかなか子どもたちと接する機会がないものだと
今改めて気づかされる。
子どものいる親たちは、子どもの友人や、子どものイベントなど様々な機会で子どもたちと触れ合っているのだろうが、
子どもいない親や、子どもいない世代は、大人ばかりと付き合っているのだ。
村に来てから、そこら辺に普通に子どもがいる。
木曜日の夜は、村の体育館にバドミントンをやりに行く。
友人と二人で運動のためと始めたが、
小学生がたくさん来ている。
こちらが二人で打ち合っていると、
女の子がペアでやって来て、「試合してください!」と挑戦してくる。
勝つことの方が多いが、彼らはすぐにうまくなるから、そのうち負ける。
今では、あっちこっちから小学生がやってくる。
私たちがバドミントンに参加する日を楽しみにしてくれている子どもさえいる。
どこかのイベントに行く。
子供連れが非常に多い。
犬を連れている家族も多い。
犬を連れて行ける場所が多いということは、
必然的に、子どもはOKということだ(犬と比較してごめんなさい)
健康診断、習い事、どこへ行っても、子供がいる。
一緒に来て、親の用事が終わるまで待っているのだ。
ずーっと走り回っていて、めちゃくちゃうるさい子もいるし、
大人しく宿題をやっている子もいる。
子どもを持たない上に、
子どもともう20年以上接していない私は、子どもが苦手だ。
どう接していいか分からない。
ちょっと甘い顔するとしつこいし、
走り回っていると、ぶつかりそうで怖いし、
とにかく声の音量が普通ではないので、(うるさい!)って思う。
しかし、観察しているのは面白い。
子どもの発想は、新鮮で、とにかく面白い。
大人も子どもも老人も、
色々な年代が混ざり合って生活をすることが正しい形だとつくづく思う。
子どもはうるさいのだ。
でも、うるさくそこに居ていい。
年寄りは、同じことを何度も何度も言ったりするのだ。
でも、若い人が知らないことも教えてくれる。
同年代は、気が楽だし、話が合うから楽しい。
タメは、更に特別だ。
でも……。
様々な年代が普通に混じり合って生活できるのがいい社会だと感じる。