今年も喪中の葉書が届く季節になりました。

毎年、数枚届くようになったのは、私が歳をとったからでしょうか?

でも、葉書が届くということは、ほとんどその方の親の代が亡くなったため、

新年のご挨拶を遠慮させていただきます。という内容なのですよね。

 

ひどいのは、年賀状が近年届かない人から喪中はがきが届くことです。

なんなのでしょうか?

家族に不幸がない年は、年初の挨拶(年賀状)をしないくせに、

不幸があった時には、わざわざそのお知らせとともに、

新年のご挨拶を遠慮させていただきます。と知らせてくるのは?

 

受け取る側としては(私の個人的な考え)その親御さんには会ったこともないし、

当人とも最近それほど付き合いがなく、

私は年賀状を数年出していず、

そんな方から喪中のお葉書が何通も届くと、

まるで、今年もこんなに不幸がたくさんありました…としか感じられないのです。

 

どうしてそんなにみなさん喪中の葉書が好きなのでしょうか?

 

そういう喪中の葉書は、100%印刷であり、一文字たりとも自筆がない。

ここから予測されるに、印刷を頼んだら、何十枚単位なので、余らせるのも勿体ないから、

思いつく人にとりあえず全て消費するために出す。

ということ?

 

優しい皆さんは、どのような気持ちで毎年この時期に喪中の葉書を受け止めるのでしょうか?

文章を読んで、(あら、お母様亡くなったのね)と心を痛めたりなさるのでしょうか?

 

私は、喪中の葉書は必要ないと思っているのです。

親しい人には、当然、その訃報は、その時に伝わっているでしょうし、

親しくない方にわざわざ知らせる必要はないと思うのです。

あくまでも受け取る側の方の気持ちに立ってみたら必要ないですよね。

 

次の年の年初に、年賀状を受け取ってしまった場合は、

その後、寒中見舞いという形で、

必要ならば、年賀状を出さなかった理由を明記すればいいのです。

それは決して失礼にはならないやり方です。

 

そもそも私が小学生の時、祖父が亡くなりました。

親は、小学生の私たちには、別に普通に年賀状を出していいと言いました。

次は、その親が亡くなりました。

私は、年賀状は出さなかったけれど、

当時仕事していたので100通以上いただいていた年賀状の全てに寒中見舞いを書きました。

母の死を、その事実を知らない仕事関係者には書かなかったと思います。

どちらにしても、一文字たりとも自筆で書かない葉書というものを友人や知り合いにわざわざ出さない人なので。

 

印刷だけの年賀状が数枚届くことも以前ブログで書いたような気がします。

いらないです。

送ってこないで欲しいです。

メールも同じ。

メールでの新年の挨拶は全て無視しています。

そこまでしてやる必要があるのか疑問です。

 

年賀状というものを出す習慣は私はいいことだと思っているけれど、

それがメールに取って代わるのは意味が違うと思います。

 

年賀状は、一部の絵や写真部分以外は、基本的に手書きなので、

そんな印刷だけの心のこもっていない(誰に出しているかの意識も感じられない)

葉書に返事として出したくないです。

 

今年2017年から年賀状を出すのをやめることにしました。

どうしても年賀状を12月の頭あたりに作成することに抵抗があったので、

年始に書こうかとも考えたのですが、やめました。

頂いた年賀状には、基本的に寒中見舞いの時期に葉書を出します。

大好きな一部の人には、手紙を書きます。

常日頃から、親しい人、好きな人には、手紙などを出すようにしているので、

何も新年だけにこだわって葉書を出す必要性がなくなったからです。

 

話が年賀状になってしまいました。

ただの印刷だけの喪中の葉書を形ばかりに知り合い全てに出すよりも、

一枚一枚に、きちんと答える形で、必要な方だけにお知らせした方が、

私はいいと思います。