予告を見たら猟奇殺人っぽいイメージでしたので好きではないジャンル。
でも、とりあえず第一話を見てから次を見るか決めようと思いました。
そして第一話ちょっと真剣に批評しちゃおうかなぁ~って感じです。(長いです)
ストーリー(脚本)は、原作が人気なようなのでしっかりしているのでしょう、よくできていたと思います。
ので、気になった部分だけ。
役者さんについて
① 大好きな夏木マリさん
またまたおばあさんを熱演されています。
原作を読まれて夏木さんなりにこの老婆を作ったのだと思いますが、なんか浮いています。
京都という町、そして素敵な室内、夏木マリさんの老婆、
設定は間違っていないと思うけれど、ちょっと芝居がかっているように見えてしまう所が浮いているという意味です。
夏木マリさんほどの役者さんですから、いかようにも今後修正されると思います。
浮いているのは、バランスの問題であり、バランスは役者ではなく演出家が見るものです。
次回以降そのバランスが変わってくれることを望みます。
② 優香さん
ひとりで芝居してしまっています……ね。
登場シーンで、わぁ、綺麗な女優さんだわぁと、
しかしセリフに感情を乗せすぎです。
特に2カ所、割と感情的なセリフが辛かった。
その一つは、シャングリラの活動家を遠目に見ながら火村に吐くセリフ。
そんなに感情を乗せたらだめです。
さらに、そのシーンではないけれど、感情を顔にも乗せすぎてしまっています。
魅力的な方だけになんとかならないかなぁ~
(優れた感性をお持ちの方ならば、身近な人がちょっとアドバイスしてあげるだけで簡単に変われる場合があります)
ラスト近く、最後の殺人について疑問点をまとめるシーン。
火村役の斎藤工さんも腕組していたんだけど、
このシーンの腕組は優香さんやめた方が良かったです。
③ 長谷川京子さん
だとは気づきませんでした。
やろうとしている方向性は正しいけれど、
やはり感情を押し殺した存在感のある役を出来るほどの役者さんではないという感じです。
④ 窪田正孝さん
余計な芝居をしない若手では上手な方だと思います。
ラスト、犯人に『なぜ、ナイロプローラーになろうと思ったんだ?」のセリフから感情を入れてしまったのですが、
犯人の答えを聞いた後の、次のセリフから入れた方が良かったです。
そのシーンの後になって、急に感情的な芝居がいくつか出てきて考えたのですが、
もしかしてこの有栖川って役はそういう役なのでしょうか?
(原作も読まずに見ておりますので……)
つまり、前半の淡々とした役のイメージだと、
火村の相棒として存在する意味がないように思ったのです。
火村というなんだか(セリフで言っているので)崖っぷちに立っている危なげな男を
傍でフォローする役ならば、
当然、もう少し違う面が見えるべきなのではないかと……
そうなるとラスト近くになって感情があふれてきた有栖川が正しいのかもしれません。
山本美月さん演じる貴島朱美が、
道で急に具合が悪くなる。
そこに通りかかるゲームソフト会社の社員。
「大丈夫ですか?」に対して
「すみません。しばらくこうしていれば……」という答え。
「すみません」を使わない会の会長である私としては非常に気持ちが悪いです。
実際、こういう場面でどれほどの人が「すみません」というのかは分からないし、
マジョリティーがやることを書くことが脚本家として正しいのかもしれませんが、
別の面からみれば、
脚本家は正しい日本語を使っていくことに対しての使命もあるわけで、
やはりここは使わないでいただきたい。
「すみません」を使う場合は、
その役が、自己主張のない平凡な魅力的でない個性を描く場合のみにしていただきたい。
具合が悪い時、知らない人から「大丈夫ですか?」と声を掛けられたら
答えは、
「大丈夫です。しばらくここにこうしていれば」
「(声を掛けていただき)ありがとうございます。でも、大丈夫です」
普段からむやみやたらに「すみません」を使って欲しくないのに、
脚本家や日本の言語を生業とする人にはむやみやたらには絶対に使って欲しくないのです。
さて、このシーン、
このゲームソフト会社の社員が犯人に見えるように挿入されたシーン。
つまり私たち視聴者に対して……である。
はたして必要だったのだろうか?と思う。
(多分、貴島に何か病気のようなものがあることを今後のために表す必要があったのだろうが)
もう一つ別のシーン
意図的なのか?たまたまそうなってしまったのか?わからないが、
一話のゲスト 入山法子さんが、路上で死んでいるシーン。
その前に、貴島が倒れていたシーンが挿入されていたせいもあるが、
私は貴島が殺されたのだと思った。
火村がやってきて遺体を見た時に、知り合いのような驚き方をしなかったのでそうではないのかと。
実際に山本美月さんと入山法子さんを比べたら似てはいないのかもしれないが(それとも似ていると思ってキャスティング?)
ここで混乱させる意図があってやったのか?
その意図がないならばキャスティングミスとも言える。
3人目の犠牲者が出た時も
貴島の友人、松野貴子(堀口ひかる演じる)が、花屋に入っていくのを
犯人が追跡していて、
まるで彼女が被害に遭うのかと思わせる流れ。
どれもこれも推理ドラマとして
視聴者に対しての騙しを入れているのだろうが、
どこまで意図的で、どこまで効果的かがいまひとつ分からない。
私個人の感想を言わせていただければ、
3人目の犠牲者が出る前の、
貴島と松野が一緒に帰宅するシーンはいらないが、
花屋に入っていって、入れ違いに犠牲者が出てくるシーンはなかなか良いと思う。
貴島が、何か病気を持っているならば、そのシーンを挿入する必要はあるだろうが、
あのアニメオタクと絡める必要はない。
彼女と、4番目の犠牲者が似ている必要は勿論全然ない。
である。
それにしても女優さんはみんな美しい。
美しい人の中から芝居の出来る方のみが女優として残っていく。
その構図は非常に正しいと思うのです。
優香さんも長谷川京子さんも今まで幾度もドラマで見てきて
とりたてて芝居の下手な方だとは思っていなかったし、
とてもいいと感じた役もたびたび。
しかし、だんだん年齢を経て、存在感を求められる役になってくると
時々ボロが出てきてしまうことがある。
そこはそもそも役者である人との差である。
主演の斎藤工さんは、いつもの彼らしくとても自然に役を演じていらして、
主演というのはそれでいいと思うし、彼が魅力的に見えることがドラマの成功のためには絶対条件。
大切なことは、バランス。
相手役の窪田正孝さんをどのような役として存在させるのか?
彼の生活シーンに必須の夏木マリさんの存在感をどう利用するのか?
上記の通り、
バランスを見るのは演出家の仕事です。
もしかしたら、今回記述したすべての問題点は、
演出家の力ですべて解決できるのかもしれません。
【ってこんなに長く丁寧に批評したって誰が楽しんで読むんだろうか?
やっぱ、いつものように感想程度の方が面白いかなぁ~】
でも、とりあえず第一話を見てから次を見るか決めようと思いました。
そして第一話ちょっと真剣に批評しちゃおうかなぁ~って感じです。(長いです)
ストーリー(脚本)は、原作が人気なようなのでしっかりしているのでしょう、よくできていたと思います。
ので、気になった部分だけ。
役者さんについて
① 大好きな夏木マリさん
またまたおばあさんを熱演されています。
原作を読まれて夏木さんなりにこの老婆を作ったのだと思いますが、なんか浮いています。
京都という町、そして素敵な室内、夏木マリさんの老婆、
設定は間違っていないと思うけれど、ちょっと芝居がかっているように見えてしまう所が浮いているという意味です。
夏木マリさんほどの役者さんですから、いかようにも今後修正されると思います。
浮いているのは、バランスの問題であり、バランスは役者ではなく演出家が見るものです。
次回以降そのバランスが変わってくれることを望みます。
② 優香さん
ひとりで芝居してしまっています……ね。
登場シーンで、わぁ、綺麗な女優さんだわぁと、
しかしセリフに感情を乗せすぎです。
特に2カ所、割と感情的なセリフが辛かった。
その一つは、シャングリラの活動家を遠目に見ながら火村に吐くセリフ。
そんなに感情を乗せたらだめです。
さらに、そのシーンではないけれど、感情を顔にも乗せすぎてしまっています。
魅力的な方だけになんとかならないかなぁ~
(優れた感性をお持ちの方ならば、身近な人がちょっとアドバイスしてあげるだけで簡単に変われる場合があります)
ラスト近く、最後の殺人について疑問点をまとめるシーン。
火村役の斎藤工さんも腕組していたんだけど、
このシーンの腕組は優香さんやめた方が良かったです。
③ 長谷川京子さん
だとは気づきませんでした。
やろうとしている方向性は正しいけれど、
やはり感情を押し殺した存在感のある役を出来るほどの役者さんではないという感じです。
④ 窪田正孝さん
余計な芝居をしない若手では上手な方だと思います。
ラスト、犯人に『なぜ、ナイロプローラーになろうと思ったんだ?」のセリフから感情を入れてしまったのですが、
犯人の答えを聞いた後の、次のセリフから入れた方が良かったです。
そのシーンの後になって、急に感情的な芝居がいくつか出てきて考えたのですが、
もしかしてこの有栖川って役はそういう役なのでしょうか?
(原作も読まずに見ておりますので……)
つまり、前半の淡々とした役のイメージだと、
火村の相棒として存在する意味がないように思ったのです。
火村というなんだか(セリフで言っているので)崖っぷちに立っている危なげな男を
傍でフォローする役ならば、
当然、もう少し違う面が見えるべきなのではないかと……
そうなるとラスト近くになって感情があふれてきた有栖川が正しいのかもしれません。
山本美月さん演じる貴島朱美が、
道で急に具合が悪くなる。
そこに通りかかるゲームソフト会社の社員。
「大丈夫ですか?」に対して
「すみません。しばらくこうしていれば……」という答え。
「すみません」を使わない会の会長である私としては非常に気持ちが悪いです。
実際、こういう場面でどれほどの人が「すみません」というのかは分からないし、
マジョリティーがやることを書くことが脚本家として正しいのかもしれませんが、
別の面からみれば、
脚本家は正しい日本語を使っていくことに対しての使命もあるわけで、
やはりここは使わないでいただきたい。
「すみません」を使う場合は、
その役が、自己主張のない平凡な魅力的でない個性を描く場合のみにしていただきたい。
具合が悪い時、知らない人から「大丈夫ですか?」と声を掛けられたら
答えは、
「大丈夫です。しばらくここにこうしていれば」
「(声を掛けていただき)ありがとうございます。でも、大丈夫です」
普段からむやみやたらに「すみません」を使って欲しくないのに、
脚本家や日本の言語を生業とする人にはむやみやたらには絶対に使って欲しくないのです。
さて、このシーン、
このゲームソフト会社の社員が犯人に見えるように挿入されたシーン。
つまり私たち視聴者に対して……である。
はたして必要だったのだろうか?と思う。
(多分、貴島に何か病気のようなものがあることを今後のために表す必要があったのだろうが)
もう一つ別のシーン
意図的なのか?たまたまそうなってしまったのか?わからないが、
一話のゲスト 入山法子さんが、路上で死んでいるシーン。
その前に、貴島が倒れていたシーンが挿入されていたせいもあるが、
私は貴島が殺されたのだと思った。
火村がやってきて遺体を見た時に、知り合いのような驚き方をしなかったのでそうではないのかと。
実際に山本美月さんと入山法子さんを比べたら似てはいないのかもしれないが(それとも似ていると思ってキャスティング?)
ここで混乱させる意図があってやったのか?
その意図がないならばキャスティングミスとも言える。
3人目の犠牲者が出た時も
貴島の友人、松野貴子(堀口ひかる演じる)が、花屋に入っていくのを
犯人が追跡していて、
まるで彼女が被害に遭うのかと思わせる流れ。
どれもこれも推理ドラマとして
視聴者に対しての騙しを入れているのだろうが、
どこまで意図的で、どこまで効果的かがいまひとつ分からない。
私個人の感想を言わせていただければ、
3人目の犠牲者が出る前の、
貴島と松野が一緒に帰宅するシーンはいらないが、
花屋に入っていって、入れ違いに犠牲者が出てくるシーンはなかなか良いと思う。
貴島が、何か病気を持っているならば、そのシーンを挿入する必要はあるだろうが、
あのアニメオタクと絡める必要はない。
彼女と、4番目の犠牲者が似ている必要は勿論全然ない。
である。
それにしても女優さんはみんな美しい。
美しい人の中から芝居の出来る方のみが女優として残っていく。
その構図は非常に正しいと思うのです。
優香さんも長谷川京子さんも今まで幾度もドラマで見てきて
とりたてて芝居の下手な方だとは思っていなかったし、
とてもいいと感じた役もたびたび。
しかし、だんだん年齢を経て、存在感を求められる役になってくると
時々ボロが出てきてしまうことがある。
そこはそもそも役者である人との差である。
主演の斎藤工さんは、いつもの彼らしくとても自然に役を演じていらして、
主演というのはそれでいいと思うし、彼が魅力的に見えることがドラマの成功のためには絶対条件。
大切なことは、バランス。
相手役の窪田正孝さんをどのような役として存在させるのか?
彼の生活シーンに必須の夏木マリさんの存在感をどう利用するのか?
上記の通り、
バランスを見るのは演出家の仕事です。
もしかしたら、今回記述したすべての問題点は、
演出家の力ですべて解決できるのかもしれません。
【ってこんなに長く丁寧に批評したって誰が楽しんで読むんだろうか?
やっぱ、いつものように感想程度の方が面白いかなぁ~】