パリ同時多発テロで妻を亡くしたジャーナリストアントワーヌ・レリスさんが書いた
フェイスブック上の文章に共感が広がっている。というニュースを読んだ。

文章は、
「金曜の夜、最愛の人奪われたが、君たちを憎むつもりはない。
君たちの望み通りに怒りで応じることは、君たちと同じ無知に屈したことになる」
この文章は、1歳半の息子を思って書いた。と彼は言っている。
息子には、憎しみを抱かず世界に目を見開いて生きて行って欲しいからと。

憎む行為が、何も生まないことは、なあんとなくわかる。
が、自分が被害者や遺族になった時、
そう思うのは容易いことではない。

先日来聞いている中島みゆきさんの曲「空と君のあいだに」の中に
こんな箇所がある。
「憎むことでいつまでもあいつに縛られないで」
これは失恋した女性に対して使っているのだが、
どのような理由だとしても、「憎む」という言葉の意味としては変わらない。

そして、相手を憎み続けることは、
結局は、その相手に縛られ続けることであり、
その年月を、その憎らしい相手に取られていることになる。

実は、この曲の歌詞は、私には目から鱗で、
初めて真剣に歌詞を理解していた時、号泣したのだった。
そうだったのか。
憎むという行為は、それこそ、ダブルパンチで相手に負けてしまうことだったのだ。

憎まないで、今までと変わらず元気に生活していくことが、
一番、その相手に勝つことなのかもしれない。
しかし、いざ、その状態になった時に、
どれだけの人がそれを実行できるのか?
相手を憎むことで、自分の気持ちを紛らわしているのだろうから、
それをしないで済む強い人間にならなければならない。

先進諸国は、ISに対して、もう少し寛容になることで勝利するという方法を選ぶことはないのだろうか?

アメリカがイラクを攻撃したことにより
アルカイダの中から生まれたIS
今度、ISを攻撃すれば、
新しい憎しみの何かが生まれるだけ……
その憎しみの連鎖を止めるのは、
先進国と自分たちで言っている力のある国の方ではないのだろうか?
どちらが悪いというのではなく、
どちらかが寛容になって止めないと、
近く世界大戦になる。