役者という職業をずーっとやってきて良かったと思うことがいくつかある。
そのひとつ、のお話し。

今は、若い人たちの育成を主にやっているので、彼らに話すことが多いのだが、
まず、初心者に、身体全体に神経を行き届かせることを心がけるようにさせる。
役者のように人前で身体を使う職業の場合、身体のどこかに無神経なところがあってはいけないのだ。
それほど簡単なことではないので、私はずーっと言い続けることになる。

教えるという仕事は、こちらは毎日同じことをやっていても
習う側は、基本的に初めての人ばかり。
私の場合は、その基本的なことを何回も何回も新しい生徒に言い続けることで、
自分自身にも言い続けるというとてもラッキーな経験を日々させて頂いている。

そんな役者という職業をもう40年近くやってきて、
一般の人よりも肉体的な感覚+感性が研ぎ澄まされているのではないかと感じるコトが最近多くなった。

年を取って、体力的に衰え、
脳も老化することによって、
その感覚は更に鋭さを増す。

一つを捨てると他の能力が上がるという状態だ。

一般の方でも年を取るにしたがってそう変わって行くものだと思っている。

最近は、それを丁寧に利用するようにしている。

人生は選択の連続だ。
2つに1つを選ばなければならないことがたくさんある。
コトはそれほど単純ではないこともある。
分からない時、自分の感覚に任せるのだ。
感覚と言うのは、ある意味 「好きか?嫌いか?」の二者択一と言っても過言ではない。
このことは好きか?嫌いか?
嫌いならばやめてしまおう!ということ。

それは、この間ブログにも書いたが、
川内原発再稼働のニュースを見ていて
胃の腑がむかむかしてきて、涙がボロボロこぼれるような現象として現れる。
嫌いなのだ。身体の奥底から、そう叫んでいる。

若い頃よりもしがらみが少なくなってきた。
自分の判断で行動をとりやすくなってくる。

「自分に素直に」という言葉があるが、
自分の身体や感覚の声に耳を澄ませることで
私は自分に素直に生きる道筋を戴いているように感じる。

東京ではチャンスは少ないのだが、
八ヶ岳の自然の中にいるときは、よくこれをやってみる。
身体をゆるめて、自分の感覚に身をゆだねるのだ。
そうすると、聴覚、嗅覚がいつになくするどくなり、
自然に抱かれているとても気持ちの良い感覚を味わうことが出来る。

その時、私は、
役者をやってきてラッキーだった……と感じるのだ。