スーパーマーケットの袋の有料化が当たり前になった。

有料だったり、袋を要らないと言うと割引になったり、

それぞれのスーパーが違ったやり方をしているが、

基本的にいままでサービスでつけていたモノがなくなった。

エコという名の元に。

 

いいことだと思う、勿論。

 

因みに、私がドイツ旅行をしたのは1991年秋

スーパーマーケットで買い物をしたら、当たり前にそのまま商品だけ渡された。

つまり袋がなかった。

「要りますか?」とも聞かれなかった。

ドイツでは、25年前にすでにそうなっていた。

旅行者の私は、どうしよう~と、周りをきょろきょろしながら、

仕方がないので、バックパックに買った食品をそのまま入れた。

日本はもの凄く遅れているのだ。

未だに、「袋はどうなさいますか?」と聞いてくるし(別にいいけど)

私の印象では、2人に1人は、袋を貰っている。

 

スーパーの袋の有料化は、いいことではある。

だが、どうもおかしい。

 

スーパーマーケットの袋よりも、

お弁当やお総菜が入っているプラスチックのパックの方がよっぽど罪が重いと私は思うのだ。

寿司のプラ皿には、絵まで描かれている。

 

スーパーは、買い物後の袋は有料にするくせに、

こちらのプラパックは、相変わらずたっぷりと使ってくれる。

何故か?

 

売るためでしょうね。

 

お総菜をプラパックに綺麗に詰め、見栄えをよくした方が売れるから。

寿司は、ちょっと高級感のある絵皿に並べた方が高くても売れるから。

そしてスーパーの袋は、購入後に使うモノなので、販売への影響が少ない。

 

そんなことが考えられる。

 

企業のエコはこの程度だ。

売ることが先決であって、エコは二の次。

袋だけ有料にして、【このスーパーマーケットはエコに貢献しています】と印象付けても
それは違うように感じる。

 

お弁当は、弁当箱が必要だから、パックに入っているのはまだ仕方がないとしても、

肉や魚をプラ皿に並べるのは、消費者からすると全く無駄だ。

つまりあの皿は、スーパーの為だけにある。

肉を購入する。

家に帰って、パックをあける。
綺麗に見えるように折りたたんである肉を一枚一枚引きはがす。
冷凍する物は、肉をわざわざ開いてラップで包み冷凍庫へ。

肉が乗っていたプラ皿は、すぐに不要のモノになる。
時々は、塩こしょうして乗せておく皿になるが、それだけのことだ。

洗ってリサイクルごみ箱へ。

あの不用感。

あの罪悪感。

 

肉屋のように油紙で包んで輪ゴムで止めてくれれば十分なのに。

そこには戻れない販売者の都合。

 

それをしないで【エコをやっています!】的な宣伝に惑わされず、

私たちは、もっと個々人が、利口に努力していかなければならないのだと切実に思う。