盲導犬が刺されたという事件に続き、
またまた何故か埼玉で、
今度は白い杖を持った女性が蹴られて怪我をするという事件があった。
ひどいことをする人がいるものだと思って、
いつものようにツィッターを覗いていると、
それに対する意見、批判が書き込まれているページがリンクされていて、
それをリンクした人は、そのことを「ゴミ箱」と表していた。
つまり、ゴミ箱のように、その少女批判が書き込まれていた。
という意味だと思う。
リンク先に私も行って少し読んでいたが、
気分が悪くなってきたので終わらせた。
つまりこんなことが書かれている。
(相手を責める前に、杖が当たったことを謝れ)
(身障者だと思って態度がデカい)
(混んでる時間帯なんだから普通の人でもぶつかる。時間をずらせ!)
とかだ。
基本的には勿論犯人も悪いと言ってるのだが、
被害者も悪いだろう!というコメントだ。
どうしてこんなひどいことを書くんだろう? わざわざ。
これってわざわざですよね。
眼の不自由な少女が、
黄色のラインをいつものように歩いていたら、
杖が誰かに当たった。
眼が不自由だから誰だかは分からないのだが、
当たったその人が、わざわざ追ってきて、膝を蹴った。
というような流れだったと聞きました。
人間ですから、ひとくくりにはできません。
例えば、目の不自由な人の中に態度の悪い人もいるでしょう。
でも、それは健常者でも同じです。
ただ、目が見えない。
という事実の大きさがイメージできていないのではないかと思うのです。
私は、厭なのです。
眼が見えないなんて考えられない。
怖い。
怖くて怖くて……
身体のどこかの機能を失うことがあるとしたら、
眼だけは勘弁していただきたい。
そういう風に感じているのです。
そして、どこか体に不自由な部分があったら、
精神的に病むことも健常者よりは多いことが考えられるし、
そのことで、多少態度が悪くなるなんて、
大したことじゃないと思うのです。
イメージしてみましょ。
眼の不自由な人がどのような恐怖と闘って外に出て歩いているのか?
いろんな事件が毎日報道されます。
イメージしてみましょ。
被害者は、どんな絵を見て、どんな気持ちで被害を受けたのか?
今も福島で被災していらっしゃる人々のコトを考える時、
ほんの一瞬でもイメージしてみましょ、彼らのコトを。
長年住んでいた土地に帰れないこと。
終の棲家に、もしかしたら一生戻れないこと。
そもそもその家を失ってしまったこと。
イメージ出来たら、わざわざネットでその人を責めるようなことにならないでしょう。
無駄ですから。
そのエネルギーはどこかもっと正しい方へ向けましょうよ。
その怒りの向ける方向はそっちではないと思うのです。
東京が混んでいて、満員電車に乗って通勤することだって、
当たり前のことにしてしまわなくていいのです。
東京に一極集中していることが問題なのはみんな知っています。
遷都しましょ。
政治の中枢は、東京以外に移しましょ。
どうせ、政治家は、電車で通勤するわけじゃないのですから、
あんな地下鉄の便利な場所にある必要ないですよね。
普通の人でも住みやすいとは言えないなら、
そっちを何とかする、またはなんとかする努力をすればいいのであって、
その時間帯に目の不自由な人は電車に乗るな!と言ってしまえることは、
やはり恐ろしいです。
イマジネーションを磨きましょ。
どんな事件も、ニュースも他人ごとにしないように。
ガザで起こっていることも、イスラム国で起こっていることも、
他人ごとにしないで、
しっかりイメージを持ちましょう。
そしたらもう少しこの国の人間は元々の優しい日本人に戻れると思うのです。
またまた何故か埼玉で、
今度は白い杖を持った女性が蹴られて怪我をするという事件があった。
ひどいことをする人がいるものだと思って、
いつものようにツィッターを覗いていると、
それに対する意見、批判が書き込まれているページがリンクされていて、
それをリンクした人は、そのことを「ゴミ箱」と表していた。
つまり、ゴミ箱のように、その少女批判が書き込まれていた。
という意味だと思う。
リンク先に私も行って少し読んでいたが、
気分が悪くなってきたので終わらせた。
つまりこんなことが書かれている。
(相手を責める前に、杖が当たったことを謝れ)
(身障者だと思って態度がデカい)
(混んでる時間帯なんだから普通の人でもぶつかる。時間をずらせ!)
とかだ。
基本的には勿論犯人も悪いと言ってるのだが、
被害者も悪いだろう!というコメントだ。
どうしてこんなひどいことを書くんだろう? わざわざ。
これってわざわざですよね。
眼の不自由な少女が、
黄色のラインをいつものように歩いていたら、
杖が誰かに当たった。
眼が不自由だから誰だかは分からないのだが、
当たったその人が、わざわざ追ってきて、膝を蹴った。
というような流れだったと聞きました。
人間ですから、ひとくくりにはできません。
例えば、目の不自由な人の中に態度の悪い人もいるでしょう。
でも、それは健常者でも同じです。
ただ、目が見えない。
という事実の大きさがイメージできていないのではないかと思うのです。
私は、厭なのです。
眼が見えないなんて考えられない。
怖い。
怖くて怖くて……
身体のどこかの機能を失うことがあるとしたら、
眼だけは勘弁していただきたい。
そういう風に感じているのです。
そして、どこか体に不自由な部分があったら、
精神的に病むことも健常者よりは多いことが考えられるし、
そのことで、多少態度が悪くなるなんて、
大したことじゃないと思うのです。
イメージしてみましょ。
眼の不自由な人がどのような恐怖と闘って外に出て歩いているのか?
いろんな事件が毎日報道されます。
イメージしてみましょ。
被害者は、どんな絵を見て、どんな気持ちで被害を受けたのか?
今も福島で被災していらっしゃる人々のコトを考える時、
ほんの一瞬でもイメージしてみましょ、彼らのコトを。
長年住んでいた土地に帰れないこと。
終の棲家に、もしかしたら一生戻れないこと。
そもそもその家を失ってしまったこと。
イメージ出来たら、わざわざネットでその人を責めるようなことにならないでしょう。
無駄ですから。
そのエネルギーはどこかもっと正しい方へ向けましょうよ。
その怒りの向ける方向はそっちではないと思うのです。
東京が混んでいて、満員電車に乗って通勤することだって、
当たり前のことにしてしまわなくていいのです。
東京に一極集中していることが問題なのはみんな知っています。
遷都しましょ。
政治の中枢は、東京以外に移しましょ。
どうせ、政治家は、電車で通勤するわけじゃないのですから、
あんな地下鉄の便利な場所にある必要ないですよね。
普通の人でも住みやすいとは言えないなら、
そっちを何とかする、またはなんとかする努力をすればいいのであって、
その時間帯に目の不自由な人は電車に乗るな!と言ってしまえることは、
やはり恐ろしいです。
イマジネーションを磨きましょ。
どんな事件も、ニュースも他人ごとにしないように。
ガザで起こっていることも、イスラム国で起こっていることも、
他人ごとにしないで、
しっかりイメージを持ちましょう。
そしたらもう少しこの国の人間は元々の優しい日本人に戻れると思うのです。