東電福島原発事故が原因で、避難を余儀なくされたご夫婦の妻が、その後、うつになり、自殺した。
その原因は東電にあり、謝罪してもらいたいという訴訟を起こした裁判で、昨日勝訴した。
今後、このような震災関連死は多く表に出てくる。
初めての勝訴は、大変意味のあることだと思う。
「渡辺幹夫さんとはま子さんはともに山木屋地区の小さな集落で生まれ育ち結婚。近所の養鶏場で一緒に働きながら、3人の子供を育てた。2000年に家を新築。終の棲家にするつもりだった。
しかし、原発事故により事態は一転。政府の避難指示に伴い11年6月、福島市内のアパートに移り住んだ。慣れないアパート暮らしに、はま子さんは精神的に追い詰められていった。食欲はなくなり、体重は5~6キロ減少。幹夫さんの帰宅が遅いと、「どうして早く帰ってこなかったの」と泣きじゃくった。
同月30日、自宅の草刈りのため、一晩だけの約束で自宅に戻った。縁側で外を見ながら2人だけの夕食。「アパートには戻りたくない」。はま子さんはこう話し、翌日未明、自宅のごみ焼き場で焼身自殺した。」
東電からの謝罪は一切なく、そのまま裁判になった。裁判で、東電側は、「個体側の脆弱性」という言葉を使っている。
弱い人間が、多少の逆境で滑り落ちたとしても致し方がない。という意味を含んでいる。
世の中には精神的な病気になる人が、近年増え続けている。うつ病と言われる人は数多く、うつが原因で自殺した人も、知人を加えるとひとりやふたりではない。うつ以外にもたくさんの精神的な病がある。年長者だけではなく、若者が引き籠ったりするのも、精神的な問題。それをただ弱さだけで片付けてしまってはいけない。
強くなければ生きていけない。と最近の都会を見ていると感じることは事実。だが、強くて生き残れる人間は、弱い人間を守っていくことが社会のルールだ。どんな人でも自分一人で生きているわけではないのだから。
渡辺さんは、妻が苦しむ姿を見て、結果自殺という形で終わってしまって、東電にとにかく謝罪してもらいたかったのだと思う。
終の棲家を失った人の気持ちは想像を絶する。
広島の土砂災害を見ても感じているが、住む家を失うということは、本当に辛いことだ。自然災害だと、誰にも文句を言えず、前を向いて頑張っていく姿の方が表に出るが、原発事故は震災ではなく、人災です。謝罪するべきです。
今も家に帰ることが出来ない人たちがたくさんいて、仮設住宅で病気になったりする震災関連死は、増え続ける一方です。
今後も、こうした裁判は数限りなく出てくるでしょう。
私たち、被災者以外の人間に出来ることは、なるだけ事実を知ること。そして知らしめること。
事実が外に出ず、福島産の食品が安全なのか判断する基準も自分で持てず、風評被害なのか?事実危ないのか?その判断も出来ないことが問題です。
その原因は東電にあり、謝罪してもらいたいという訴訟を起こした裁判で、昨日勝訴した。
今後、このような震災関連死は多く表に出てくる。
初めての勝訴は、大変意味のあることだと思う。
「渡辺幹夫さんとはま子さんはともに山木屋地区の小さな集落で生まれ育ち結婚。近所の養鶏場で一緒に働きながら、3人の子供を育てた。2000年に家を新築。終の棲家にするつもりだった。
しかし、原発事故により事態は一転。政府の避難指示に伴い11年6月、福島市内のアパートに移り住んだ。慣れないアパート暮らしに、はま子さんは精神的に追い詰められていった。食欲はなくなり、体重は5~6キロ減少。幹夫さんの帰宅が遅いと、「どうして早く帰ってこなかったの」と泣きじゃくった。
同月30日、自宅の草刈りのため、一晩だけの約束で自宅に戻った。縁側で外を見ながら2人だけの夕食。「アパートには戻りたくない」。はま子さんはこう話し、翌日未明、自宅のごみ焼き場で焼身自殺した。」
東電からの謝罪は一切なく、そのまま裁判になった。裁判で、東電側は、「個体側の脆弱性」という言葉を使っている。
弱い人間が、多少の逆境で滑り落ちたとしても致し方がない。という意味を含んでいる。
世の中には精神的な病気になる人が、近年増え続けている。うつ病と言われる人は数多く、うつが原因で自殺した人も、知人を加えるとひとりやふたりではない。うつ以外にもたくさんの精神的な病がある。年長者だけではなく、若者が引き籠ったりするのも、精神的な問題。それをただ弱さだけで片付けてしまってはいけない。
強くなければ生きていけない。と最近の都会を見ていると感じることは事実。だが、強くて生き残れる人間は、弱い人間を守っていくことが社会のルールだ。どんな人でも自分一人で生きているわけではないのだから。
渡辺さんは、妻が苦しむ姿を見て、結果自殺という形で終わってしまって、東電にとにかく謝罪してもらいたかったのだと思う。
終の棲家を失った人の気持ちは想像を絶する。
広島の土砂災害を見ても感じているが、住む家を失うということは、本当に辛いことだ。自然災害だと、誰にも文句を言えず、前を向いて頑張っていく姿の方が表に出るが、原発事故は震災ではなく、人災です。謝罪するべきです。
今も家に帰ることが出来ない人たちがたくさんいて、仮設住宅で病気になったりする震災関連死は、増え続ける一方です。
今後も、こうした裁判は数限りなく出てくるでしょう。
私たち、被災者以外の人間に出来ることは、なるだけ事実を知ること。そして知らしめること。
事実が外に出ず、福島産の食品が安全なのか判断する基準も自分で持てず、風評被害なのか?事実危ないのか?その判断も出来ないことが問題です。