先日、親友のお母さんが80歳の誕生日を迎えた。
最近歳を取ったせいか、娘(←つまり私の親友)と一緒に出掛けたがる、
つまり一人では出かけられないところが増えてしまった。

ということで、私と親友のデートの時にも参加していることが多く、
俄然、お会いする機会が増えた。

80歳も何かの記念日だと親友が言うので、結局私が調べた(笑)
傘寿(さんじゅ)という。
80を縦に漢字で書いた字が、
傘の略字に見えるからということからきているらしい。

傘寿のお祝いは、家族で盛大にやるのだろうと
プレゼントだけ郵送した。

そうやって友人の親と会う機会が最近増えた。
そろそろ老人性痴ほう症が発生しやすい年
(80代では4人に1人が痴呆症)
勿論、他の病気には例外がない。
親を持たない私は、友人の親と一緒に過ごして、
人の親なのをいいことに、年長者の話をたくさん伺っている。

わたしの母は、生きていたら今年78歳か……と数える。
時々……結構頻繁な、時々
(母がこの世にいてくれたらなぁ~)と思う。
そしたら楽しいこと一杯一緒に出来たのに。
若い時は忙しく、時間がなかったが、
最近は自分に余裕が出来たから、
どこだって車で連れて行ってあげられるのに。

老後の介護がこれから発生しそうな人、
今現在介護で苦労されている方々、
その方たちの苦労はいかばかりかと思いつつ、
やっぱり今の私は、母が居てくれたらと思う。

親子と言うのは、(家族と言うのは)
時々、酷い言葉で相手を傷つけることがある。
特に子どもは親に容赦がない。
年老いて、少し痴呆が入った親を面倒見るのは大変なことだ。
親だからきつい言い方をしてしまうこともある。
そんな時、第三者が居たら、結構気が楽になるモノだ。
第三者がいると、どちらも少し気を使うので、
相手を傷つけるような言い方をしなくて済むことも多い。

そんなわけで、
親のいない私は、
介護がはじまった友人たちに、
親の顔を見に行く時は、ご一緒したいわ!と告げるが、
そうそう誰も頼んではこない。
ご近所ならばともかく、
友人は、隣の県などに住んでいるわけだから。

私も短い期間だったが、
母の病気の看病をしていた時は、
二人で顔を突き合わせていることが大変だった。
家族がもっと多かったら問題にならなそうなことがたくさんストレスになった。
現代は、家族が少ない。
介護疲れになるのは、
病人と介護者と二人がずーっと面と向かっているしかないからだ。
第三者が介入するとよい。
そのために専門家がいるのだが、
専門の方以外にも、
ご近所さんとか、友人とか、
何をしてあげるわけでもなく、
そこに第三者がいることがいい。
病人と介護している人双方のストレスを少し和らげ、
いつになく楽しくお茶を飲めたりすると思うのだが……

行政もいろいろやっていると思うが、
ほんの少しでも、二人きりの時間に第三者が入ってくれたら……
看病していた時は、よくそう思っていたんだけど。

やはり頼めないかなぁ~
難しいなぁ~