年初からツィッターをメインにやり始めた。
知り合いの狭い世界で、気を使って遊んでいるFACEBOOKに疲れたから…
ツィッターでも、知らない人がRT目的にフォローしては、
消えていく(私がRTしないから)
読みたい人はフォローするけど、誰でも彼でもはフォローしません。
それはFACEBOOKの時から同じ。
知らない人はお友達ではないのだから。
さて、ツィッターでは、同じようなやり取りする人がだんだん繋がっていくのだと
感じるようになったここ数日。
昨日、フォローされた人の名前に
【脱無関心】
と書かれていた。
わたしも【無関心】ほどいけないものはないと思っているひとり。
若い人たちに指導する機会を貰っている私は、
折に触れ、無関心にならないで欲しいと伝える。
ツィッターでは、テレビやラジオ、新聞では得られないニュースを手に入れることが出来る。
自分一人では集められない情報を集めることも可能。
新聞をやみくもに読むよりも、
興味のあるニュースが集まってくるから、
必要な情報を割と短い時間で得られるようになる
(もっと使いこなせば……)
そしてそのニュースをツィートした人の意見も一緒についてきたりする。
テレビや新聞のニュースをやみくもに信じてはいけない。
色々な圧力によって事実はかなり捻じ曲げられて報道されている。
だからと言って、ツィッターに流れるあらゆる情報を信じることも勿論だめ。
では、誰を信じるか?
まず、自分の判断力を持つこと。
そのためには、誰かとニュースについて語り合う事。
語っていれば、おかしなことはおかしなこととして響いてくるはず。
それと、信じられる人間をひとりでも多く持つこと。
権力によって押さえつけられず、
自分の意見をストレートにいう事が出来る人間の中で、
その言葉を信じられる人をひとりずつ増やすこと。
ツィッターで、その人の意見を読んでいれば、
おのずと見つけられる。
人間の基本感情でもある[好き、嫌い]は
とても感覚的に正直だと思う。
意見は8割方同じでも、
どうもその人の意見を読んでいるとイラッとくる人もいる。
そういう人ではなく、
意見をそのまま感心して読める人が現れる。
そこまでゆっくりフォローする人を吟味して探して、
そして繋がりがもっと充実したら、
ツィッターでニュースを得るのは、
やはり今のツールの中では最も優れていると言っていいのではないかと思う。
知り合いの狭い世界で、気を使って遊んでいるFACEBOOKに疲れたから…
ツィッターでも、知らない人がRT目的にフォローしては、
消えていく(私がRTしないから)
読みたい人はフォローするけど、誰でも彼でもはフォローしません。
それはFACEBOOKの時から同じ。
知らない人はお友達ではないのだから。
さて、ツィッターでは、同じようなやり取りする人がだんだん繋がっていくのだと
感じるようになったここ数日。
昨日、フォローされた人の名前に
【脱無関心】
と書かれていた。
わたしも【無関心】ほどいけないものはないと思っているひとり。
若い人たちに指導する機会を貰っている私は、
折に触れ、無関心にならないで欲しいと伝える。
ツィッターでは、テレビやラジオ、新聞では得られないニュースを手に入れることが出来る。
自分一人では集められない情報を集めることも可能。
新聞をやみくもに読むよりも、
興味のあるニュースが集まってくるから、
必要な情報を割と短い時間で得られるようになる
(もっと使いこなせば……)
そしてそのニュースをツィートした人の意見も一緒についてきたりする。
テレビや新聞のニュースをやみくもに信じてはいけない。
色々な圧力によって事実はかなり捻じ曲げられて報道されている。
だからと言って、ツィッターに流れるあらゆる情報を信じることも勿論だめ。
では、誰を信じるか?
まず、自分の判断力を持つこと。
そのためには、誰かとニュースについて語り合う事。
語っていれば、おかしなことはおかしなこととして響いてくるはず。
それと、信じられる人間をひとりでも多く持つこと。
権力によって押さえつけられず、
自分の意見をストレートにいう事が出来る人間の中で、
その言葉を信じられる人をひとりずつ増やすこと。
ツィッターで、その人の意見を読んでいれば、
おのずと見つけられる。
人間の基本感情でもある[好き、嫌い]は
とても感覚的に正直だと思う。
意見は8割方同じでも、
どうもその人の意見を読んでいるとイラッとくる人もいる。
そういう人ではなく、
意見をそのまま感心して読める人が現れる。
そこまでゆっくりフォローする人を吟味して探して、
そして繋がりがもっと充実したら、
ツィッターでニュースを得るのは、
やはり今のツールの中では最も優れていると言っていいのではないかと思う。