一年半前、そう八ヶ岳に通うようになった頃、
PC(携帯端末も)の中に、【自分史】と言う項目を作った。

どこから書き始めたらいいか分からないので、
とりあえず、誕生日を入れる。
そこから半世紀にわたる私の歴史を、
事実に踏まえて、精神面も含めて記入していく予定のモノ。

多分、それ以降に、それを開いたのは4,5回で
なかなか自分史の詳細は増えていかない。

そもそもなんでやろうと思ったか?
やる必要性を度々感じたから?

学生の時の記憶は、かなり鮮明である。
あれは、小学3年生の時とか、
高校1年の時とか、
一緒に居た人を照らし合わせることで過去の年代を鮮明にいう事が出来る。

が、学生を辞めてからは、なかなか思い出せない、
あれはいつだったの?
と自分の歴史から抜け落ちてしまう。
どう考えても、この事実とこの事実の間に起きたことなのに、
そこに年号が存在しない。
みたいな(^o^;)

何かとてつもなく変わった年だけは記憶にある。
私の場合は、1990年春から91年末まで
ニューヨークにいたからだ。
物事は、NY以前か?NY以降かもはっきりいう事が出来る。
しかし、そのような特別なことは、歳を取るごとにどんどん減り、
更に、時間経過の感覚がどんどん短くなると、
つい1,2年前のことも、あれは何年のことなのか?
誰かに話す時には、額に汗する感じで説明できない。

そこで、生活の変化を自分史と言う形で、記録しておこうと思い立った。
そもそもメモ魔なので、出来ないこともないのではないかと……
しかし、一年半に4,5回しか開けていないとなると
現在起こっていることを記録していくだけでも追い付いていない。

その内暇になったら……と思っていると
とにかく暇はやってこないし、
暇な時は、何かをやる気にはならない。
言葉の裏を取って、
これからは、なるだけ忙しいうちに、
これも、あれも、面倒なことも、
なるだけ忙しいうちに片付けよう!
と口にするようにしてみたら、変わるだろうか?