昨日83歳の男性との会話から得たコト。

免許証の書き換え前に
一度は免許証を手放すことも考えたのだけど、
八ヶ岳で生活するためには、
そりゃ、食べるものなどは配達という手もあるけど、
やはり車がないと何もできない。
ということで、免許証の書き換えを決意。
その時に、認知症のテストがあった。
彼はぎりぎりの点でパスしたらしい。

因みに認知症のテストで合格点にならなくても
免許証が発行されないわけではないらしい。
その代り、交通違反を犯すと、すぐ警察に呼ばれ、
またテストがあるらしい。

次の免許の書き換えの時は無理かもしれない。
というのが悩み。
運転はされない奥さんがちょっと病気がちだし、
彼がしっかりしないと…

この男性、とても83歳には見えません。
いえいえ、外見はそれなりですが、
目の力や表情や話す言葉、
とても頭の良い、優しい男性です。

でも、八ヶ岳に永住しようか悩んでいる私には
とても他人ごととは言えない悩みです。

さて、今日のこと、
友人に手紙を書いた。
そしてこの話になった。
こちらでは車がないと生活が出来ない。
年をとっても果たしてここで生活が出来るのだろうか?
あて先は、フランス人の友人。

そしてハタと考えた。
アメリカでは車がないと生活できないなんて当たり前。
いえいえ、日本だって地方に行けば車がないと生活は出来ない。
とみんな口に出して言っているから、知っていたはず。
なんで今になってこんなことをこれほど深刻にとらえて考えているのだ?

つまりは年齢の問題ではなく、
核家族化で、頼れる若者が周りにいなくなっているからなのだ。
年老いた夫婦が二人で生活しているからなのだ。
そして、いつかはひとりの老人がそこに残ることになる。

もちろん、東京のように便利なところで、
歩いてスーパーマーケットや病院に行けて、
電車の駅もあるのがいいように思うが、
あの騒々しいところで生活したくないからみんなこちらに引っ越してきたのだ。

この問題を解決すべく、
色々なボランティア団体や
地域のご近所で助け合うシステムなどを模索しているけど、
やっぱり他人には頼みにくい。
具合が悪くて病院に連れて行ってもらう時は頼めるけど、
今日天気がいいから、清里高原まで遊びに行きたい!
というのは頼みにくい。
でも遊ばなくては生きている意味がない!!

と、考えた一日でした。
みんなで幸せになりたいねぇ~
もっとご近所、異年齢の人たちともたくさん付き合いたいねぇ~。

83歳になるまでには(なれるかどうかはこの際置いておきます)
まだまだ時間があります。
考えなくちゃ……(^_^;)