日差しが少ない午後だけど、
薪や小枝を集めた後、ウッドデッキーでカップ片手にぼーっとする。
風の音が聞こえ、鳥のさえずりが…
そして思う。
こういう時間をいままで持たなかったし、持とうとも思わなかったなぁ
45歳までは、
私の人生でぼーっとするということがなかった。
いつも何かをしていた。
それも一度にふたつみっつ。
しかし、この2年間の間に、私は生活を変えつつある。
以前は、「忙しい忙しい」と言っていた私が、
最近は、「私は暇よ」と言ってる。
実は、どちらも少し自慢が入ってる。
周りには「忙しい。忙しい」とちょっと自慢げに言う人がたーくさんいる。
忙しいことはなぜか自慢になるのだ。
自分が売れっ子ってこと?
今時代は私の周りをまわっているっていうアクティブな実感がたまらないのだ。
しかし、最近の私は、そんな中でひとり
「私は暇よ」(だからいつでも大丈夫よ)と言う。
ウッドデッキでぼーっとしていると、
以前は気づけなかったさまざまな匂いや音を感じることが出来る。
そんなことどうでもよかったあの時代も悪くなかったけど、
今はそこに戻りたいとは思わない。
これから私は、余生という限られた時間をのんびりゆったりと優雅に使うつもりなのだ。
それこそが贅沢と感じられる年になったのだと思う。
人は、何十年も生きていく間に、
その価値観を変化させていけばいいのだと思う。
何が正しいとかではなく、
その時に、自分がいいと思うことが出来ればそれは幸せだから。
ただ、少しだけ自分の心に耳を澄ませる。
それが出来れば、きっと間違えずに、
今の自分が必要としているモノを見つけられるはずだ。