今朝、化粧台に向かっていたら、
いつも使っているBBクリームが残り少ないことに気づく。
そもそも計画性があり、買いだめ魔の私が、
次のBBクリームを購入していないとは考えにくいが、
どこにあるか分からない。
化粧台の右隅にある小さなポーチを開けてみる。
その上にモノが乗っていたりするので、
随分久しぶりに開けたような気がする。
中には何が入っているのか?
目的のBBクリームは入っていなかったが、
ペンシル削り、アメリカピン、それからそれから
目的のモノが入っていなかったので、それ以上は細かく見ないでチャックを閉じる。
そしてふと考えた。
私は生きている間に、このポーチの中を片付けるのだろうか?
モノがあふれている。
上記の通り、買いだめ魔の私は、
いつも在庫がひとつある生活をしている。
モノがあることに、とても満足していることも事実だ。
しかし、モノが多すぎて、いらないモノもあって、
その全体像を把握できていない私がいる。
もっとモノを減らしてシンプルに生活したいと願う自分もいる。
しかし、現代は、モノがあふれていて、
大人の私は、必要なモノは大体手に入るようになってしまっているのだ。
思い出すのは、二十数年前のニューヨークでの生活だ。
モノがなかった。
スーツケースとボストンバックだけ持って移住した私だったから、
引っ越しも車で友だちの手を借りれば出来た。
それでも一年後には、段ボールの数が十数個に増えていた。
ふう....
生きている間に片付けたいと思う。
いらないモノを捨てて、大切なモノがどこにあるかいつもわかるすっきりした生活にしたいと思っている。
死んでから、無駄なモノを誰かに捨ててもらうのは忍びない。
それにしても、今PC周りを眺めただけでも、モノが多過ぎで吐き気がする。
この雑多なDVDとか、書類とか、写真の山とかは一体どうなるのだろう?
そしてこのPCの中には、さらに数えきれないほどのデータが……
一年に一度も見ないDVDを取って置く必要があるのだろうか?
そう考えると、いらないモノばかりのように感じてくる。
本当に大切なモノをしっかり見つめられるように
モノがあふれているこの時代に、
私たちは難しい選択を迫られているのかもしれないが、
もっとモノのない生活を心がけたいと私は思うのだ。