コーチの暴力を理由に自殺した
日本女子柔道選手が、暴力を告発した
などをきっかけに
全国の中高校のスポーツ部の暴力がチェックされている。
どうも引っかかる。
私たちとの時代の違いなのだろうか?
今は、かなり微妙な時期なだけに
多少叩くなどは……と
少しでも暴力擁護論みたいな発言はほとんどの人が出来ない状態になっている。
だから私もとりあえず、指導の時に手をあげるコトについての意見は差し控えたい。
この問題は、いじめ問題と非常によくにていると思う。
実際に行われた暴力(いじめ)の種類や程度は比較できないのだ。
平手打ちならよくてグーで殴ったらだめとか
そういうことをルールづけることはが重要なのではない。
では、何を物差しにするかと言うと、
ここがいじめ問題とよく似ているのだが、
受けた側の気持ちの問題なのだ。
それを受けた人が、著しく傷つけられた場合、
それはいけないことになる。
しかし、やる側は、受ける側の気持ちをどれほど推し量ることが出来るか、
人は、万能ではないから、
他人の気持ちは分からない。
ほとんどの場合分からない
と言っていいと思う。
人は、知らず知らずのうちに、
他人を傷つけているモノだ。
それが殴ることであろうが、言葉であろうが、別の方法であろうが。
いじめ問題については以前脚本にも書いているのだが、
これはなくならないのだ。
専門家が、文化人が、
いじめをなくすために~と討論しているのを見ると
どうも変だなと思ってしまう。
世の中、世界中、歴史の中でいじめは、暴力は、山ほど行われてきた。
大切なのは、
人の命。
人の命を(自分の命も)大切に思い、
それを奪わないことが最重要なのであって、
(だから、問題が発生したら逃げることはいいと思う)
それをなくすことを論じるよりも、
傷ついても、辛いことがあっても、
逃げていいから死なないことをしっかり教えていかなければならないのだ。
というのが私の意見。
どんなことがあっても、生きているからこそであり、
死んだら……………………終わりだもの。