プレゼント続き
昨年、ある人にプレゼントを贈った。
これは私の中ではかなりのヒットアイデアだった。
きっと喜んでくれると思った。
それだけで幸せだった。
プレゼント選びにはかなり時間が掛かったが、
最終的にはとってもいいモノが購入できた。
荷物が届くとお礼のメールが来た。
ちょっとがっかりした。
電話の方が良かったなって感じ。
しばしあっていない人だから、
声を聴きたかったのだ。
でも、これはまだいい。
だって、メールでとっても喜んでくれていることが分かったから。
それから一か月もしないうちに、
彼女から小包が届いた。
コーヒーカップが入っていた。
これはもっとがっかりした。
彼女は、私にお返しのプレゼントを贈ってくれたのだ。
しかし、私が彼女にプレゼントを贈ったのにはしっかりとした理由があり
(彼女が5年間頑張ったことに対して)
私が彼女から何かを貰う理由はなかったのだ。
つまりお礼だ。
お礼なんていらなかった。
だって、私は彼女のコトを気に掛けている自分に満足していたし、
いいタイミングで素敵なプレゼントを贈ったことで満足していたし、
彼女がよろこんでくれた様子で満足していた。
先日、別の友人から素敵な贈り物が来た。
彼女の街の特産品をたくさん送ってくれた。
私はそれにたいしてお礼の手紙とメールを送った。
が、お礼はしていない。
私にとっては、あれほど心のこもった品物に対して、
簡単にお礼の品を送ることはどうかと思うのだ。
チャンスはやってくる。
友人ならば、
彼女に返せるチャンスはやってくる。
実際、私は毎日のようにそのチャンスをうかがっている。
そして、今ふたつ心に決めているプレゼントがある。
しかし、まだ贈らない。
彼女が忘れた頃に贈らないと
私の美学なのかもしれない。
忘れた頃に届く贈り物には、
「びっくり」という感情も伴う。
そして、品物以上に喜んでもらえる可能性がある。
そう、私は驚かせたいのだ。
プレゼントにはそういう力もあるのだから。
最近は驚かせることが出来ない若者がたくさんいるような~~
この話は、また後日。
つづく,,,