愛する妻が強姦されて殺された。

夫は、どうするか?


犯人が誰だか予測できて来た時に、

夫は刑事と会話する。


その国には(映画はスペインとアルゼンチンの作品ですが、映画の舞台がどこだったか?)

死刑という制度はない。

一番重い刑は終身刑である。


夫は、犯人には長生きしてもらいたいと思う。

と言う。

何もない時間をずっと生き続けて貰いたいと。


丁度、今生徒にやらせている脚本が

死刑制度に関するものなので、

先日もクラスで死刑制度について話し合った。

それ以前にも、

私はクラスでディベートをやる時に、

死刑制度についての賛否をテーマにすることがある。

その都度、生徒たちに、死刑という極刑があることに対する賛否を聞く。

日本では、今でも、若い人でも、

賛成派が圧倒的に多い。

多い時は8割、少ない時でも6割以上の人が死刑制度に賛成である。


しかし、世界を見渡せば、死刑制度廃止の方向に流れている。


そもそも死刑制度があることで犯罪が低くなるということは全く証明されていない。

日本のように、割と安全な国に何故死刑制度が残っているのか?


この映画の夫のいう事は、

間違いなく、薬で処刑されるよりも

生き続けるコトの苦を舐めさせたいという意味だと思われる。


話は映画の終わりへ飛ぶ。

(ストーリー知りたくない人は、これ以降は読まないで!)


先日、見たフランスの映画『すべて彼女のために』では、

無実の罪で捕まった彼女の脱獄計画を練るという

ちょっと私にとってはクエスチョンな流れの愛情表現だった。

が、今回の映画の愛情は、

間違いなく屈折しているところもあるが、

理解できてしまう部分も大きかったのだ。


犯人はまもなく捕まる。

ところが、終身刑のはずが、

警察に協力したとかで、あっという間に釈放になる。


事件から25年経って、

担当刑事が、その夫を訪ねてくる。

夫は、田舎の一軒家で一人さびしく生活している。

愛する妻を失った後、彼の人生は空虚になってしまっていた。


そしてある告白をする。

終身刑にならなかった犯人を自分は殺害したのだと。

しかし事実は違った。


夫は、犯人に終身刑を与えていたのだ。

家の裏の小屋に犯人を投獄し、

毎日食事を与えていた。

刑事は、そのシーンを目撃してしまう。

そして、犯人にも面会する。

犯人は言う

「お願いです。彼に一言でいいから声を掛けてくれるように頼んでください」


毎日毎日食事だけを与え続ける夫は、

決して言葉を掛けることがなかった。


そういえば、以前植物の実験を見た。

3つの植木に毎日同じ量の水をやる。

1には愛情たっぷりの言葉を掛けながら、

2には、罵詈雑言の嵐を浴びせながら、

3には、無言で。


植物は1,2、3の順で成長する。

どんなひどい言葉でも掛けられた方が、無視されるよりはいいということだ。


夫は、妻への愛情を、

犯人に生きるという終身刑と言う形で罪を負わせることで表現する。


しかし、辛い。

人は、どこまでも誰かを愛し続けたり、憎み続けたり出来るのだろうか?

私は、結構出来る方だと思っている('-^*)/

でも、これから25年間の間、

誰かを憎み続けることにエネルギーを使う気はない。

もう出来ないと言ってもいい。

それを愛情と言うかどうかは分からない。

しかし、

映画としては、

ひとつの愛情表現、

刑に対するひとつの考え方として

見る価値のあるものだったな。