NHKの大河ドラマ「お江」を見ていて思ったこと。


人に会いたい気持ち

【人を想う心】のつづきです。


江戸時代(正確にはまだドラマでは江戸時代に入ってないんだけど、とにかくその頃の年代の意)

時間は、いまよりはるかにゆっくり流れていた。


時間

つまり、時計が示す【時】というもの。

これだけは、すべての人間にとって平等に流れる。

と言われている。


しかし、

私たちの感覚的には、

日々、この時の流れ方が変わる。


誰かに会いたいという気持ち。

先日書いたことだが、

親友に会いにいくのに1時間半も掛かる。

これが少々辛い、哀しい。


が、江戸時代の人は、

会いたい人に会うのに、何日もかけて歩いた。


お江が、江戸に立つことが決まった時に、

しばらく会えなくなる姉妹に挨拶に訪れるシーンで、

彼女は、江戸に引くことを喋るわけにはいかない。

だから、なんとなく会いに来た体で姉妹や大切な人に挨拶に来る。

当分会えなくなるということを心の中に抱いて。


大切な人と、

しばらく(次はいつになるか分からない)会えないことを心に秘めて

その人に会う。

束の間の時間を過ごす。

その時間の重いこと。


私たちは、果たしてそれほど大切に時間を使っているだろうかと考える。

大切な人と一緒に居られる時間をもっと大切にするべきだと考える。

しかし、これが難しい。


家族のようにいつもいる人だと余計難しい。


先日亡くなったスティーブ・ジョブス氏の言葉にもあったが、

今日が最後の日と思って毎日を生きる。

そうやって時を大切に生きればいいのだと思いつつ、

かなりの時を無駄に過ごしているのですよねぇ。


因みに昨日私は、小学校からの親しい友人2人とランチをした。

私たちは、もうそれほど若くはないので、

生きている間にいろんなことを学んできた。

そして、その友人は2人とも癌を患い、

まだまだ治療中の身である。

だから、時の重さをさらに実感できる。

そして、帰らなければならない夕方まで、

喋り倒す。

それが女友だちの楽しみ方。

男性には決して理解できない。らしい、

とにかく喋り続けるランチ。

6時間一緒に居てもあっという間に感じる。

やはり、今の方が時の流れが早い……・°・(ノД`)・°・


話が分散してきてしまったので、これは終了です

ごめんなさい...┐( ̄ヘ ̄)┌


PSおまけ:改めて思った。

豊臣秀吉は、あれほど多くの側室を置きながら、

何故? 子どもがずっと出来なかったか?

ではなく、なぜ、茶々にだけ、子どもが出来たか?

それも二人も。

どうしても謎である。

本当に秀吉の子どもなのだろうか?とさえ疑うくらいの不思議である。