ドキドキ誰かに会いたいと思う心。


近年は、世界が狭くなり、人との距離が縮まった。

世界中の人ともネットでつながっている気がする。


でも、会うということは、また全然違ったことだと思います。


自分の人生の限られた時間をどう過ごすか……?

私は、大切な人、大好きな人と一緒にいる時間をなるだけ多く持つこと。

今は、これを一番に心がけています。


大人になって田舎に引っ込んだ人の言葉がありました。

「離れていた方が、より会いたいという気持ちが募る」

その気持ちを大切にして、

会えた時に、その時間を大切にすることが出来る。

という意味でおっしゃっていました。


私も田舎暮らしを熱望するひとり。

先日親友と話していた時のこと、

八ヶ岳南麓への移住を希望している私に対して

「そしたらなかなか会えなくなるじゃない……」

でも、今でも会うためには1時間半は掛けてどちらかが出かけていかなければならない距離に住んでいる私たち。

努力しても年に5,6回しか会えていないのです。

八ヶ岳南麓に引っ越したって、

2か月に1回なら、それほど変わらぬ間隔で会えるじゃない。

それよりも遠い分、もっと大切に会う時間を使うような気がする。


そうなんです。

ご近所のお友だちや

仕事関係の繋がりでもない限り、

親友にそれほど頻繁に会っていないのではないですか?


いつでも会えると思っている内に、

一年以上も会っていないなんてことないですか?


べーっだ!「一年に一回も会わなくて平気な相手なら、そんなモノは親友ではない」と

おっしゃっていた先輩もおりました。


特に女性は、

結婚を機に、または子どもや家族が増えたのを機に引っ越し、

千葉県、埼玉県、神奈川県、茨城県と広範囲に引っ越し、

私は親友と呼べる友に会うためには、

近い人でも車で1時間はかかります。

とっても哀しい。


しかし、

遠くで誰かを想うことは、人としてとても豊かなことだと思います。

それこそ、アメリカで知り合ったフランス人の親友には、

なかなか会うことが出来ません。

一時期は、毎年出かけていたニューヨークに行かなくなって10余年。

もうずいぶん会っていない。

海外など、チャンスがなくなると本当になかなか出かけられなくなってしまいます。


でも、離れていても相手を想う心に変わりがないならば、

それはそれでとても価値のあること。


何年後か分からないけれど、

会える日まで、

その思いをただひたすらにこの胸に温めておく手紙

そして束の間の逢瀬の時間を大切に過ごし、

記憶に留めておくカメラ


そのための会えない時間なんだと思おうとしています。


会いたい人にいつでも会えると思って漫然とせず、

会いたい時に会うべきだと、私は思うのです(*^▽^*)