東京ゲームショウが行われている。

またすっごいゲームがたくさん登場している様子。

この不景気にもかかわらず、

ゲーム産業だけは、ここ十数年すたれることがない。

その開発力は素晴らしいと思う。

いつもいつも新しいものを生み出す。

そして人々の心をつかむ。


けど、ゲームってそんなに楽しい?(?_?)


私は基本的にゲームはやらないけれど、

時々、ゲームをやる季節がやってくる。


そもそもはゲームの始まり

1980年ごろのインベーダーゲーム

次は、80年代半ばから始まったスーパーマリオブラザーズ

どちらも当時の友人と一緒に遊ぶために始まった。

私はたいしてうまくないけれど、

やっていればそこそこはできるようになることも学んだ。


そのほかにも少しやってみたゲームはあるけれど、

ここ数年は、そういった速さを必要とするものは目が疲れるのでやらない。


代わりに時々やってしまうのが、

カードゲームやマージャンゲームなど、

スピードを争わないゲーム。


そういえば、

実際にトランプを使用した一人遊びがあった。

若いころにはまった一人遊びがあって、

数時間トランプとにらめっこしていた記憶がある。

今パソコンに入っているようなトランプゲームは、

それと比較すると配る時間が短縮できるのがいいのだろう。

しかし、

配る時間を短縮することは、

ゲームそのものに対する集中力さえも奪っていく。

なぜなら、

ダメならやめればいい。

次のゲームを始めればいい。

どちらもボタン一つである。


そして、勝った時も負けた時も、

「もう一回だけやろう!」と思う。

いやいや、思わされている。

これが私のゲームの辛さである。

やめられなくなる。


そんなに面白くなくても、

負けたらくやしいからもう一回。

勝ったら次もいい感じでいきそうだからもう一回。

でもその次は負けるから、そこから勝つまで延々続く。

そして、時間もなくなるし、疲れもやってくる。

集中力が下がるから勝てなくなる。


そもそも最近のコンピューターゲームは、

こちらが強くなると向こうも強くなるようにできている。

本当にかしこい。


終わってみて、ふう~:

何一つ積み上げていない。

脱力感と焦燥感。

何が面白いんだ?

辛いだけじゃないか!


しかし、次の日も

「一回だけやろう!」と開いてしまう。

そしてまた数回やってとっても疲れて自己嫌悪?


しかし、

「もう一回やろう!」と思わせる、ひきつける力がゲームにはある。

それを面白さというならやはり面白いのだろう。


本当は、人と一緒に遊んだ方が面白いに決まっている。

しかし人を集めたり、気持ちの問題で面倒なことがやってくる。

本当は、面倒だったり、苦労することで面白さは倍増するのだけれど、

そこまでいかずに、

簡単なところで、軽い面白さで満足してしまっている。

本当は満足しているかどうかも分からないけれど。


やはり子どもの時からゲームがある今の子どもたちは、

この逃れられないゲーム産業の罠にしっかりはまってしまって可愛そうな気がする。


しかし、ゲーム産業はすごい!


ゲームは頭に悪い、バカになるという話。

そしたら体を使うゲームが開発された。


コミュニケーション能力がなくなるということで、

今度は何人かで遊ぶゲームや

コンピューター上で知らない人とやるゲーム


子どもからゲームを取り上げようとした大人に

大人のための脳ゲーム。


あの手この手を考えては、

すべての人をゲームに取り込もうとする。

ある日、ゲームを始めたら

お母さんはもうご飯を作ることさえ忘れてしまう。


そしてみんなでジャンクフードを片手に、

それぞれが違った画面でゲームをやり続ける。

家族がいても会話がない。

ま、もともとゲームがなくても会話がなかったのかもしれないけど。


この素晴らしく楽しいモノを、

生活の中でほどほどにそこそこにいいとこ取りで

楽しむ方法を

私たち消費者は考えていかなければならない。

機械よりもかしこくならなければならない(・_・ 三・_・)