先日観た映画で、ある人が言っていた。

「また黙ってどこかへ行ってしまわないでね。

別れる時は、せめて別れの言葉を交わしたいのよ」 

みたいなこと。


果たしてそうだろうか?と考えた。


人生で出会う人々の多くは、これが最後という意識なしに最後の逢瀬を終える。

つまりわざわざ別れる人と言うのは一部の人だけである。


一時期、とっても仲良く付き合っていた友人だって、

十数年も経ってみれば、

果たして最後に会ったのはいつだったのか思い出せないし、

その最後の日には何も特別なことなどなかったことが大半である。

そして、今となっては何処にいるか探すことも出来ない。


ネットやフェイスブックなどが盛んになった今後は、

もしかしたら、一生連絡を取ろうと思えば取れる関係でいられるようになるのかもしれないが、

以前は、そうやって二度と連絡を取れなくなるものだった。


わざわざ別れを言う状況は、

恋人との別れ、離婚、

引越しや転勤、転校などによる別れ、

それから死という形での別れ。


どちらにしても非常に親しい人だけに訪れる。


死と言う形で愛する人と別れると、それは身を切られるような辛さである。

恋愛関係でも同じ。

愛している人との突然の別れは身体が引き裂かれる感じがする。


いえいえ、突然ではなくても同じようになる。

空港などでの別れもかなりきつい。

空港で別れる時は、やはりちょっとやそっとでは次回会える可能性が少ないからだ。

先日のお盆などで実家に里帰りしていた子どもや孫と祖父祖母との別れもそれなりに辛いだろうが……

やはり距離の遠さは、その辛さを強くする傾向がある。

外国という異質なものとの分離を意味するせいもあるが...


今思い出すだけでも、非常に辛い別れがいくつかあった。

それは、愛する家族、愛する異性、愛する友人たちとの、仕方のない別れ。


それ以外の普通の友人、知人とは、言葉もなく別れている。

昨年ずーっと一緒に仕事していた友人だって、

このままもう二度と会わないのかもしれない。

少なくとも、もう二度と会わない人はひとり以上はいるはず。


その方がいいような気がしてくるのだ。

辛い別れをわざわざする必要があるだろうか?

知らないまま別れた方が楽だし、なんのしがらみもなく、

もしかしたら将来再会することもあるかもしれないし……。


そういえば、一時期大好きだった異性と別れる時にいつも思ったものだった。

その時期、もっとも好きで、もっとも一緒に居る時間が長かったり、最も影響力があった人と、

別れることの不思議さ。

友人関係のままだったら一生続いたかもしれないのに、

交際相手だと別れなければならない。

結婚して一生添い遂げない限り

敢えて別れなければならない。

だったら友人関係のままの方がいいじゃないかって。


結局、深く人と交わると言うコトは、

その後に、きつい別れと言うモノがついてくるということなのかもしれない。

家族のように深い結びつきを持った人とは、

いつか死という形で、もっともどうしようもない形で間を引き裂かれるのだから。


そう、いつもそうなのだ。

楽には、そこそこの喜びと、そこそこの苦しみ。

しかし、

深いモノには、

半端ではない最上の喜びと、半端ではない苦しみがついてくる。

どちらを選ぶか(選べるかどうか分からないが...)

それは、その人次第というわけ。