「無縁社会」という言語が出来て1年ちょっと、

それまで、若い人たちにまで広がっているとは思えなかった無縁化。

いえいえ、実際には若い人たちの方がまずいことになってるのは、時代の流れとしても間違いのないこと。


若者たちに質問する

「こんな人が好き、こんな人が嫌い」


嫌いな人は、

・空気を読めない人

・常識のない人

・マナーのない人

・自分と趣味が合わない人


好きな人は、この逆。


とっても真面目な答えばかり、

数年前とはまたかなり変わってきました。


彼らの目指しているものは、

あまり人に深く関わらず、お互いに傷つけないようにすること。

しかし、それって、やっぱりまずいことですよね。


人は、みんな違うので、

関わりあえば、当然傷つけることもあります。

どんなに相手の身になって物を考えてみたり、

相手のためを思って行動しているつもりでも、

違う人だから、

100%理解出来ないから、

傷つけることもあります。

つまり、人を傷つけるコトは悪いことではない。

仕方のないこと。

お互い傷つけあって、

そこから学ぶコトは山ほどあるはず。


それよりも問題なのは、

傷つけないようにと、

人との距離を取ること、

誰とも深く交わらないこと。

これが、現代人、特にこの国で起きている大変な問題。


以前は、年配の人たちがもっとうるさかった。

でも、今は、年寄りも人と交わらないようにする。

だから、「一人暮らしの方が楽」

そちらの方にばかり目が行っている。


楽なコトは、100%良い事ではないはず!


もっと人と深く関わる。

相手が、遠慮して、「いいよ」というところに

敢えて踏み込む。

それで喧嘩になったなら喧嘩すればいい。

喧嘩した後に、論理的に話し合えば良い、

それで、友人関係が壊れるならば、

それは、そもそも友人ではなかったし、

将来的な大切な人にはなりえなかっただけのこと。


ま、そんな私は、

たくさん友人を失いました。


うわべだけで付き合えないので、

どうしてもどうしても耐えられないことがある場合、

自分の信念に関わることが起きている場合は、

相手と話し合う。


2人に1人は、それっきりですね(笑)


でも、その人は、私にとってそれだけの人だったのだと今は思えます。

だって、

それっきりにならなかった親しい友人が数人居るから。

そして、それは数人でいいのでしょう。

親友と呼べる人がそれほど多いわけがないし、

あんまり多いとやはり、その人ためになかなか時間を割けなくなる。


友人が、体調の悪いとき、

友人が、入院したとき、

「大丈夫だから、来なくていいよ」

または、

「具合悪いから、来ないで!」

と言ってきたとしても、

親友なら行くことにしています。

本当に具合が悪ければ、

お見舞いの品だけ置いて、

ひと目見て帰ってくればいいことだし、

相手のことを考えて「来なくていい」と言ってることが大半です。


もっとお節介したらいいと最近思うのです。

それで、助かる人は結構多いのではないかと思うのです。


もうひとつは、お年寄り。

彼らは、一人の方が気楽でいいと言ってるけど、

実際、お話してみるととってもお喋り。

つまり日常的に話し相手がいない人は、話がしたくたまらなくなっている。

何かお年寄りと接する機会があれば、

天気のことでいいから、話しかけてみましょう。

その数秒の会話で、一日元気に過ごせることも、過ごせる人も居るのですから。


そして、一番大きな問題は、若者です。

仕事をしている人は、それなりに人間関係があるので(将来は知りませんよ~)

今は大丈夫だけど、

仕事がないひとは、結構孤独な事もあります。

それこそ彼らはそれでいいと思ってる。

誰にも迷惑かけたくないしと思ってる。

でも、やっぱり寂しい。


年配の人から、もっとお節介になるべきです。


昔は、お節介なおばさんとかが居たから、

奥手の男性でも結婚が出来たのです。

もっとお節介になりましょう。


そして、

お節介な人に出会ったときに、

心の中でうるさいなぁと思っても、

決して、口には出さないようにしましょう。

お節介している人だって、努力してそうしている場合がたくさんあるのだから