アメリカ外交当局の機密文書などをインターネット上で公表している「ウィキリークス」を巡り、取り引きを停止する金融機関が相次ぐなか、新たにアメリカ最大手の銀行「バンク・オブ・アメリカ」が、すべての取り引きを停止することを明らかにした。
これに対してウィキリークス側は、インターネットを通じて「自由を愛するすべての人は『バンク・オブ・アメリカ』の口座を閉じるべきだ」と、抗議を呼びかけている。
果たして、どのくらいのひとが、バンカメの口座を閉じるのか、その結果を知りたい戦いです。
もしも、ネットを通じて、このような呼びかけをして、一般市民が、大手銀行を落とし込むほどの協力をし、大きな打撃を与えるならば、やはりウィキリークスが使用している「自由」という言葉に恐ろしさを感じるのです。
中学生の間で行われているというネットを使ったいじめ。
私たち大人からすれば、見なけりゃいいのに、って思います。
人の噂話なんて……って諺は、もう存在しないのかしら?
人の口に塀は立てられない
(なんか諺がメチャクチャでごめんなさい)
だから、無視するしかないのです。
でも、ネットのお陰で、その見えない暴力が大きくなっているのも確かです。
自由だから何をしてもいいわけではない。
ウィキリークスが先月流した、外交の機密文書の件にしても、私はやはり隠しておいたほうが良いことは、政治の世界ではたくさんあると思う。
だって、政治の世界だけではなく日常生活の中にもたくさんあるから。
言わない方が良いことはたくさんある。
言ってしまった方が楽で、隠している方がよっぽど辛くて、愛情溢れている場合もたくさんある。
嘘だって、相手のためにつく嘘は、意味があると思うのです。
だから、相手のため、国交のため、ある問題のため……そのために、嘘をついたり、秘密にしておいた方がいいことはたくさんあると思う。
何もかもさらけ出す = 自由 ではないと思うのです。