老子の名言の中に、下記言葉がある。
『 人法地、地法天、天法道、道法自然 』
(人は地に法り(のっとり)、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る)(老子25章)
人間の道徳や行動なども、結局は天地自然の法に従うべきと言う意味合いらしい。 いわゆる。自然の摂理である。
自然の摂理とは、自然界を支配している法則のこと である。
自然の摂理とは、自然界で起こる作用であり、 抵抗し得ない自然の営みや法則のこと である。
この言葉で使用されてる『自然』という言葉は、存在を示す語ではなく、ある状態を示す言葉であると記載されていた。
人為の加わらない状態の森羅万象をすべてを統一的にさす言葉らしい。
自然とは、おのず(自)からしてある状態(然)を示すことを意味している。
「人は地を模範とし、地は天を模範とし、天は道を模範とし、道はあるがまま存在する
人は、天地自然を手本にして生きていけば良い。
なぜなら、人間もまた、天地自然の一部だからです。
人間も、ほんのちっぽけな存在…なのだから?
そんな取るに足らない存在である人間があれこれ悩んでみても、この自然界は変えられないし、びくともしない。
だからこそ、その偉大なる存在=自然を見るべきであろう。
自然を手本にして、あるがままに生きよと、老子は教えている。
人は大地を模範とし、大地は天を模範とし、天は道を模範とし、道はおのずからあるべき姿に従う。
この言葉をそのまま解釈すると、
人は「大地」を模範にして生きれば良いということになる。大地とは、私たちがまさに今、踏みしめているこの地面のことである。、この地面は天に、天は道=万物の根源に従って存在しており、
結果的に人もまた“道”を模範に生きている。
要するに、この世を形作る“源”になっているものに身を任せて、自然(「自ずから然り」)のままに命を養ってまたその次の命につなげていくのが、理想的な生き方である。
万物の根源と言われても、上記内容だけでは、『道』について抽象論を述べたに過ぎない。
『道』(万物の根源)を格闘技に置き換えて、分かりやすく述べてみたい。
強くなるには、どうすればよいのか?
パンチボクシングについて、述べてみたい。
パンチする時、まず、膝で重心を落とす。
身体の中心軸が、ぶれないようにしながらパンチする。
右ストレートは、右足の爪先で地面を蹴り、下半身から力が腕に伝わり、腕は自然と伸びてるようにする。
パンチとは、腕でなく足腰でパンチする。腕だけでは、スピードもパワーも限界がある。
だからこそ、パンチ力アップさせるには、走り込みや階段登り等で、下半身の筋力アップしかないのである。
パンチしても下半身が不安定なら、パンチ力が伝わらない。
ちなみに、パンチする場合、ナックルでパンチするようにする。
ヴィービングの場合、頭にお皿を乗せたような気持ちで、お皿を落とさないようにしながら、真っ直ぐにしゃがんだら、腰をひねりながら膝を伸ばす。
ダッキングの場合、左ダッキングなら左足に重心を、右ダッキングなら、右斜め前にお辞儀するようにする。頭を動かさず、身体の軸がぶれないようにする。
私は、トレーニングメニューに、でんでん太鼓を取り入れている。
八キロのダンベルを、でんでん太鼓みたいに動かすメニューである。
パンチするのに、身体の軸がぶれないようにするためである。
階段のよじ登りやレッグプレスも、トレーニングメニューにある。
足指に重心をかけるトレーニングで、フットワークがうまくなる。
脚腰を鍛えれば、パンチ力もアップするし、老化による歩行困難も筋力アップで防げる。
これは、自然の摂理である。
自然の摂理に従えば、必ず強くなる。
老子の言葉に、下記言葉がある。
善者果而已、不敢以取強」
(善者は果すのみ、以て強きを取らず。)
優れた人は、目的を遂げたらそこでやめる。勝利を治めたら、それ以上のことはせず、いたずらに強さを誇示したりしない。
…この言葉からもわかるように、
老子が考える“勝利”とは、
あくまでも形式的なものである。
もし勝利を得たとしても、それ以上進めてもいけないし、
その勝利を鼻にかけたりしてもいけないし、
なにより、その勝利で傲慢になってはいけない。
…老子によれば、“勝利”とは自ら好んで手にするものではなく、
「やむを得ず、手にしなければいけなかったこと」 なのである。
当たり前に勝っただけである。
何故なら、自然の摂理いわゆる、万物の根源と言うべき【道】Taoに従っただけだからである。
孫子の言葉に、下記言葉がある。
『是故百戦百勝、非善之善者也。不戦而屈人之兵、善之善者也』
(百戦百勝は善の善なる者にあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり)
戦えば必ず勝つ。いわゆる『百戦百勝』が最高にすぐれたものではない。最もいい方法は、敵兵と戦わずして屈伏させる戦い方である。
『向かうところに敵なし』というのは、一見すれば素晴らしい。
勝つにしても勝ち方というものがある。
遮二無二戦い続けて勝つよりも、戦いを避けて勝利を得るのが、最もいい方法であるという意味合いである。
老子によれば、全てが道=万物の根源に従って存在しており、
結果的に人もまた“道”を模範に生きているのだと言うのである。
要するに、この世を形作る“源”になっているものに身を任せて
自然(「自ずから然り」)のままに命を養ってまたその次の命につなげていく…
そんな生き方が理想的なんだよ、というわけであろう。
天地自然に従って生きれば、間違いないのである。
「これで良い」のではなく、「これが」良いと思える生き方も必要である。
足ることを知って足る
今の自分自身に満足することこそが、「足るを知る」ことである。
自分が持っているもの、自分が身につけてきたもの、自分がこれまで得てきたものを認め、受け入れ、まずはそれに満足する。
まず、自分自身の内側に目を向けてみる必要もある。
自分にないもの”を求め過ぎていけない。「無い物ねだり」しても仕方ない。
単なる心の疲弊に過ぎない。
足るを知って心安らかに生きよ
「知足者富」
(足るを知る者は富む)
満足することを知っている者は、心豊かに生きることができるんだよ、
と、老子は説いている。
賃貸暮らしの人からみれば、マイホームに憧れを抱く。
しかし、持家の人からしてみれば、ローンや固定資産の悩みがない。賃貸住宅の自由さが懐かしい…。
思うように希望の仕事に就けない人から見れば、世界を股にかけてバリバリ仕事をこなしている人が生き生きして見え、る。
しかし、仕事に忙殺される人は「お金がなくても拘束されない自由」が羨ましい。
…このように、人には、自分が手にしているものを嘆き、
自分に無い物を渇望するという性質がある。
このような性質を指して老子は、
「自分の内側に目を向けず、自分の外にばかり目を向けている」
…と表現している。
すなわち、常に自分の外側ばかり見て“自分にないもの”を求めていると、
次から次へと欲しいものが出てきてしまう。
“足る”を知るということがなく、
「もっと」「まだ足りない」と、際限なく欲してしまう。
足るを知ることがないということは、満たされることがないということである。
常に不満が残るので、心穏やかに生きることができなくなってしまう。
今や、スマホが主流になっている。次々と機種変更もされている。
これを買うことで、本当に自分の人生は豊かになるだろうか?と言う自問自答が必要となる時代である。
何事も、他人や世の中の基準に流されるのではなく、自分自身に合ったものを選ぶ。自分にとっての“足る”を知ることが重要である。
今の会社で、自分自身が足るのか足らないかを判定してみたい。
今の会社のデメリットは、下記点てある。
・給料が高くない
・人事評価も考えてされてない。
見せかけの形式的なパフォーマンス。
私は、人事評価の為にアピールすべき職務経歴書みたいなレポートを30枚以上作成し、提出した。
確かに人各々、百人百色である。
しかし、積極性も能力もあらゆることを含めて、オール2は理解に苦しむ。
まともな評価がされてないのが、明白である。個人差があっても、あそこまで評価を落とし、給料ダウンさせるのは解せない。
明らかに、個人的な感情である。
評価とは、人が人を評価する。
相性(互いの性格・調子などの合い方)もある。好き嫌いもある。
上司と―が悪いと、評価も悪くされる。
嫌われると悪くされてしまう。
最初の企業は、『嘘つき』が評価であった。考えられない評価である。
職務をごまかしたとか?嘘っぱちの言い方ばかりをしたこと等、一度もないのに?
上司が気に入らないと、評価を落とす―どこの会社も同じと言えよう。
評価を上げる努力をしないとか言われたが、評価を故意的に下げる努力をされてしまっては、どうしようもない。
宗教信者でないことも、起因しているのかも知れない。
しかし、メリットもある。
休日もあり、ボクシング道を極めていける。ボクシングが複業にならずとも、健康管理とボキャブラリーアップには、繋がる。
元気に暮らすには、貯金も大事だが筋肉強化した貯筋も必要。
他社では、正月出勤もあり、自分自身の時間作れずじまいであった。しかし、人間関係をかなり苦しみ抜いたが、物流倉庫のキャリアを積み重ね上げらた。
最初の企業は、嘘っぱちの評価だが、土曜日日曜日も出勤し、自分自身の時間など何もかもがなかった。
正に、金をたくさん貰うことだけが、唯一無二の楽しみにしなければ、働くことすらできなかった。上司との相性が合わないし、仕事内容もつまらなくしんどかったからである。
正に、地獄の日々だったが、転載のキャリアアップにはなっていったと思う。
今の会社では、日々の暮らしが大変きつい。お金がないからである。今のお給金では、やっていけない。
見方を代えれば、倉庫職務能力と身体機能能力を、トレーニングでアップできる。
先行きはどうなるか?分からない。
しかし、会社が倒産しても、次に動ける準備だけはしておかねばならない。
悪く評価した上司も、会社人生が短い。後数年すれば、離職である。
辞める人が多いと、生き残る確率がアップする。生き残ると、とりあえず収入絶たれることなく、お給金が貰える。
智者の慮は、利害が伴う。
知恵者は、長所も短所も両側面から考慮する。
そういう方面から考慮すれば、
今後の人生も、ずっと、
倉庫職務能力+身体機能能力=人間兵器
を、今後も目指していかねばならない。
行き着く道は、『元気に暮らす』ことなのである。
【 貯金 】 と 【 貯筋 】
家康の場合、とにかく、戦のない平和ボケする世の中を目指していた。
家康自身が、幼少から人質だったからである。
天下泰平の為に、家康自身も【貯金】【貯筋】をしていった。金があれば、徳川家が安泰である。
筋肉強化すれば、いつまでも健康な為、天下統一も可能だからである。
家康は、信玄の騎馬軍団等、あらゆる他家の長所を取り入れていった。だからこそ、秀吉死後、他家よりはるかに突出した、実力最強の軍団になっていた。
正に、【道】Taoを模範したからである。