こんにちは、Kenichiです。
昨日は前回ブログで紹介した
『青空としてのわたし』の著者である
山下良道さんの一法庵で開催される
瞑想教室にgroundingの二人で
参加してきました。


そもそも何故瞑想なのか?
理由として挙げるならそれは2つ。
1つ目は自分達が普段している
ピラティスは『動く瞑想』と言われており、
自分の身体の細部に意識を通していく
いわゆる内観をしているからです。
2つ目は瞑想は人が幸せになるための
手法であるから。
マインドフルネスをし青空としての
自分の心に気づき、慈悲の気持ちを
持つことで、私が苦しみから解放され
幸せになりますようにという。
瞑想ってただ何も考えなければと
良いというのと違うんだと思いました。
(今回のがたまたまそういうのだったのかもしれませんが)
良道さんと一緒に海岸を歩きながら
自分の足から体を感じながらの瞑想。

一法庵にて青空としての瞑想。

自分なりに感じられたこといくつか
ありました。
青空としてのわたしがいて、悪い考えの
黒い雲もあるけど本来は青空としての
わたししかいないのだということ。
正直まだまだ感じられない部分も
ありましたが、それはいずれまた理解を
深めていくとしましょう。
また1つ学びが増えた気がします。
ピラティスは動く瞑想、ピラティスの
理解がまた自分の中で変わるでしょう、
そう思いました。

昨日は前回ブログで紹介した
『青空としてのわたし』の著者である
山下良道さんの一法庵で開催される
瞑想教室にgroundingの二人で
参加してきました。


そもそも何故瞑想なのか?
理由として挙げるならそれは2つ。
1つ目は自分達が普段している
ピラティスは『動く瞑想』と言われており、
自分の身体の細部に意識を通していく
いわゆる内観をしているからです。
2つ目は瞑想は人が幸せになるための
手法であるから。
マインドフルネスをし青空としての
自分の心に気づき、慈悲の気持ちを
持つことで、私が苦しみから解放され
幸せになりますようにという。
瞑想ってただ何も考えなければと
良いというのと違うんだと思いました。
(今回のがたまたまそういうのだったのかもしれませんが)
良道さんと一緒に海岸を歩きながら
自分の足から体を感じながらの瞑想。

一法庵にて青空としての瞑想。

自分なりに感じられたこといくつか
ありました。
青空としてのわたしがいて、悪い考えの
黒い雲もあるけど本来は青空としての
わたししかいないのだということ。
正直まだまだ感じられない部分も
ありましたが、それはいずれまた理解を
深めていくとしましょう。
また1つ学びが増えた気がします。
ピラティスは動く瞑想、ピラティスの
理解がまた自分の中で変わるでしょう、
そう思いました。
