明彦は、サーパスである俺の存在を唯一認めてくれた奴だった。
彼の存在がなければ今の自分は存在しない、そう断言出来る。
彼は俺を1人の人間として扱ってくれた。
それどころかか、苛められていた俺を助けてくれたのである。
だが、そのことによって、標的は明彦に移ったのだ。
彼の家は貧しく、生活もギリギリのようであった。
そんな彼が自殺したことをしったのは、中学3年生の時。
彼は母親の生活を支えるために頑張って生きてきたが、母親が自殺したことにより生きる気力を失ってしまったのである......
なぜ苛めをするような奴らが生き残り、明彦のような人が自殺をしなければならないのか、
わからなかった...
俺がもう少し強かったら、彼を救うことができたかもしれない。
だが、現実の俺にはそんな力はなかった...
人間が憎いと思うようになったのもこの時からであった。
明彦の復讐のため、絶対に人間に報復してやる、そう固く誓った。
俺は明彦が死んだ次の日から特訓を始めた。
俺が操れるのは風の力。
だが、元の能力はそよ風を吹かせることが精一杯なくらい低かった。
1日12時間程度の特訓を5年以上続けたところ、確実に能力は上がっていった。
これぞ努力の賜物である。
そんな俺をサーパスの仲間の1人として認めてくれたのが、ルド・ミンナ、ディプラ・ボンザ、ゴジパ・ボブジの3人であった。
俺を仲間として認めてくれたのは明彦の他にこの3人だけであった。
俺たちは今、サーパス界の悪の皇帝、フェルド様を復活させるところなのである。
だが、と俺は思う。
果たしてこれで良かったのだろうか、と。
憎しみは新たな憎しみを生み出すだけである。
自分が苛められていたからといって、他人を苛めたら、それは苛めの加害者と何ら変わらぬのではないか、と。
しかし、もう今更引き返すわけにも行くまい。
俺は一生暗闇から出られる気がしないのだ。
こんな言葉がある。
「闇があるから光がある。そして闇から出てきた人こそ、一番ほんとうに光の有り難さがわかるんだ」
これはプロレタイア文学の代表的な作家の1人である小林多喜二の言葉である。
彼も世の中の闇を知っている存在の1人。
だが、俺は彼のように強い人間ではない。
この暗闇から一生抜け出せる気がしないのだ。
そもそもサーパスだからという理由で俺は迫害を受け続けてきたが、サーパスだって感情はあるのだ。
嬉しいとか、悲しいとか、とても人間らしい感情が...
そして怒りや憎しみも...
人と多少違った所があるだけで弾かれるなんて納得がいかない、、
俺の心の中の憎しみや怒りは相当深いものになっていた。
もう今更引くことはできまい。
俺は必ずこの手で人間に報復してみせる。