・受け継がれる意志

 

 朝比奈嘉穂はその日も音楽の練習に励んでいた。あれからずっと特訓の日々が続いていた。苦手でも諦めずに頑張る。何もかも諦めている私を見たら、きっと、あの人は、西園寺和樹は悲しむから。勉強、運動、音楽毎日のように猛特訓を重ねる。和樹が生きていた時の言葉を胸に噛み締めながら。この限られた時間を、最高の物にしたいって思う。最近は御洒落にも気を遣うようになっていた。髪型をツインテールに変えてみたり、服を少し高いブランドにしてみたり。それでも、彼女の生活は以前と変わらない部分も多かった。相変わらず失敗ばかり。人間関係も上手くいかない。学校でもいじめられる。

「でも、理恵たちにいじめられていた時のことに比べれば10倍マシだ」と彼女は思った。勉強は最低1日3時間ほどやるようにしていたが、赤点をギリギリ回避するのがやっとだった。毎日30分のランニングを日課にしていたが、50m走では最下位だった。音楽を少しでもできるようになろうとリコーダーの練習をしていたが、進歩は見られなかった。それでも、彼女は必死に練習を重ねた。学校で理不尽な目に遭った時も、恥ずかしい思いをした時も、やる気が出ない時でさえだ。家の家事は積極的に手伝った。皿を落として割ってしまうことも多かった。その度に彼女は何回も謝った。母親には以前は良く叱られたものだ。だが、最近は皿を割ってしまった時でも、注意されることすらなかった。彼女の母親は何もできなくても必死に頑張る我が娘の姿に強く心を打たれたのだ。それに、近頃嘉穂は毎日のように謝罪の言葉を述べてくるのだ。

「お母さん、お父さん、私、迷惑かけてばかりで、何もできなくてごめんなさい。」

「迷惑だなんて思ってないよ。とても不器用だけどあなたは私の大切な娘なんだから。」

そう言うと嘉穂は決まって泣き崩れるのだった。和樹と別れてから物事に逃げずに取り組むようになっていたが、泣き虫な点は依然として変わらなかった。そんなある日のこと。学校からの帰り道、嘉穂の方に向かって少年が猛スピードで走ってきた。彼女の身体に抱き着く。

「お願い!助けて、お姉ちゃん、奴が来る!」

嘉穂が少年の方を見る。蛾の姿をしたイーグルがこちらに向かってくる。

「ここはお姉ちゃんに任せて早く逃げて!」

自信満々にそう告げると魔法少女の姿に変身する。少年がそれを見て驚いたような顔をした。イーグルが羽を羽ばたかせる。それだけで、嘉穂の身体は空高く吹き飛び地面に転がった。立ち上がろうとして再び倒れる。

「いててて…」