ソース記事:Showdown Between Katherine and MJ Estate


TMZの調べによると、キャサリン・ジャクソンが、オンライン・ヌード賭博?を推し進める人物と共に複数の事業を展開する事にしたという…そしてキャサリンとMJ財団の間の決戦の舞台は整えられている。

キャサリンは5年前にハワード・マンと出会った。彼女は即座に彼を気に入り、孫のバスケの試合などのイベントに招待したりし始めた。そして彼らは本の出版についても話し合い始めたのだ。

その本…"Never Can Say Goodbye: The Katherine Jackson Archives"は今週出版され、www.jacksonsecretvault.com.というWEBサイトで販売されている。

しかし他にもあるのだ。彼らはキャサリン・ジャクソンの人生についての伝記映画を製作する予定なのだとマンは語る。そして彼らはMJの237曲もの未発表音源を販売するビジネスを始めようとしているとも語っている。マンは、ジャクソン家が所有していた保管庫の使用料を彼らが支払わなかったので、後にその倉庫を買い取った。そこはまさに宝の山であった、19800枚の写真と共に273もの曲があったのだ。

しかし、MJ財団には譲れない一線があるようだ。財団の弁護士、ハワード・ワイツマンがTMZに語った。「マン氏が居間やちょっとしたパーティーでそれらの曲を聞く分には構いませんが、この知的財産に関する権利も、その音楽を使用する権利を主張する事も出来ません。」



ソース記事:Randy Jackson expresses faith in LA justice system


マイケル・ジャクソンの死に関して起訴されている医師に対して先日下された、免許継続を許すという裁定に家族は落胆したが、彼らは司法を信頼しているとマイケルの弟が月曜日に語った。

ロサンゼルス上級裁判書判事が、彼はコンラッド・マーレイ医師の免許を停止する権限はないという裁定を下した1週間後、ランディ・ジャクソンが声明を出した。

マーレイは、1年近く前のジャクソン氏の死に関する過失致死裁判に直面しており、この心臓内科医は無罪を主張している。

「先日の法的審理は私達に家族にとって辛いものでした。しかしながら、マイケルの為の正義を求める闘いを耐え抜くにはこの様な事は避けられないという心構えは出来ていました。」そうランディは書き記している。

声明によると、ジャクソン家の人々は今回の裁定に落胆してはいるが、裁判の決着がつくまでマーレイの医師免許を停止する様 求めていたカリフォルニア州検事局への協力を惜しまないと表明している。

「今回の結果に対しては強い反感を持っていますが、パスター判事、副地方検事局長であられるデイビッド・ウォルグレン氏そして司法当局への信頼と尊敬の念は変わりません。」

ランディ・ジャクソンは先週の審理の翌日に胸の痛みを訴え入院した。彼は医師とファンからの支援に感謝している。

「具合も随分良くなって、元気もあるし気持ちを強く持っています。」そう彼は書いている。

以下略。


ソース記事:Katherine Jackson: NBC Buys Only Video Interview with Michael Jackson’s Mom


NBCがマイケル・ジャクソンの母親、キャサリン・ジャクソンのインタビューを購入した。

インタビューは金曜の夜、ABCの20/20 pieceとぶつかる時間帯のDatelineで放映される。

キャサリン・ジャクソンのインタビューは、マイケルのビジネス・パートナーだったマーク・シャフェルによって行われた。これはマイケルの命日に向けてジャクソン夫人が応じた唯一のインタビューである。

もちろんこのインタビューは、先週我々が独占的に報じ、月曜日に発売された彼女の本 “Never Can Say Goodbye” を宣伝する為のものである。

インタビューではマイケルの子供達、デビー・ロウ、過去の裁判、そしてもちろんマイケルの死についてなど様々な話題に触れている。

ABCとNBCの間の入札合戦はかなり緊迫したものだったと聞いているが、ABCは既に番組制作を完了しておりこれ以上の素材を組み込む余地は無かったという。


ソース記事:AP timeline details Michael Jackson's last day


AP通信による、マイケルが亡くなった日の出来事を時間を追ってまとめている記事です。前置きは省略して、時系列部分のみを訳しました。他にも若干省いています。全文は上記ソースで読む事が出来ます。


その時マイケルと一緒に居たのは彼を眠らせるために数種の薬物を投与した専属医のコンラッド・マーレイ医師だけだったので、実際に何が起こったのか知るのは不可能かも知れない。マーレイは今年、ジャクソン氏の過失致死容疑で裁判にかけられる。

しかし目撃者証言と裁判書文書によると:ジャクソン氏の最後の1日はいつも通りに始まっていた。


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6月24日水曜日の午後早く、マイケル・ジャクソンは借りていた邸宅の階下に降りて来ると子供達と最後の食事の席に着いていた。

彼はその夜にリハーサルを控えていたので、お腹にたまるけれど軽い何かを食べたかったのだ。彼の専属シェフのカイ・チェイスは有機野菜のサラダを添えたマグロのたたきと、人参とオレンジのジュースを用意していた。

「彼は微笑んでお祈りを捧げる為に手を合わせました。」チェイスは語る。「彼は、"ありがとう。神の御加護を。"と言ったんです。」

彼はは元気そうに見えたし、エネルギッシュで機嫌も良かったとチェイスは振り返った。


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水曜の午後7時少し前、ジャクソン氏はベルエアとビバリーヒルズの間の高級住宅地、ホルミーヒルズのキャロルウッド・ドライブ100番地にある8つの寝室を持つ彼の邸宅を出発した。

彼はボディーガード、ファヒーン・ムハンマドが運転する紺色のエスカレードの後部座席に乗り込んだ。彼の専属アシスタントのマイケル・アミール・ウィリアムズは助手席に座った。

彼らは、ジャクソン氏と彼のミュージシャンのチームとダンサー達がロンドンに向かう前の最後のリハーサル会場であるダウンタウンにあるステイプルズセンターに出向いた。ジャクソン氏のロジスティクス・ダイレクターを務めるアルベルト・アルバレスがエスカレードを出迎えて、ジャクソン氏をゴルフカートに乗せて控え室に連れて行った。

数人がその夜のジャクソン氏の体調は良好だったと回想している。

「彼は完全に熱中していたよ。」 "This Is It" 公演に出演予定だったジャクソン氏の長年のヴォーカル・ディレクター兼バックシンガーのドリアン・ホーリーが語った。「いつも通りエネルギッシュで体調も数日前と特に変わらないように見えたし。」

ジャクソン氏は"Wanna Be Startin' Somethin'" 、 "Billie Jean," 、 "Smooth Criminal," そして "She's Out of My Life."など往年のナンバーをリハーサルした。

ステージに巨大なモニターを搬入し、ジャクソン氏は初めてこれらの曲を映像付きで歌う姿を見せた:とリハーサル中ジャクソン氏の傍らに立っていたドリアンが語った。

「目が飛び出すかと思ったよ。彼は嬉しそうに笑っていた(口が裂けるほど)。」

リハーサル映像を撮影した2人のカメラマンの1人であり、それらを編集し "This Is It" を創り上げるのを手伝ったティム・パターソンによると、ジャクソン氏は"Thriller" で水晶の玉が観客の上を浮遊する3Dの部分で特に心を奪われていたという。
Tim Patterson, one of two cameramen who shot footage of the rehearsals

「マイケルが手を伸ばして掴もうとしていたのを覚えてる。気に入っていたよ。」パターソンが語った。

その夜遅く、ジャクソン氏とダンサー達は初めてフルで衣装を身に付けステージで"Thriller" をパフォーマンスした。

「彼が全てを気に入ってくれたのは顔を見れば明らかだったよ。」ジャクソン氏がショーの為に選んだダンサーの1人、クリス・グラントは語った。
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グラミーの制作責任者、ケン・アーリッチがジャクソン氏とハロウィーン・スペシャルについて話すためにステイプルズ・センターに行った。後ほど、アーリッチはリハーサルが続けられているのをスタジアム・フロアーから目撃している。

「本当に体調が良さそうだった。ツアーを楽しみにしていたしリハーサルを楽しんでいたね。」アーリッチが語った。「疲れている様子も見せていなかったし、乗り気じゃない様には見えなかったよ。」


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リハーサルは水曜夜の午前0時頃に "Earth Song"のパフォーマンスを行って 終了した。マイケルはダンサー達とハグをしてスタッフに礼を言い、彼らにおやすみの挨拶をした。「神のご加護を」パターソンとグラントは彼がそう言っていたと回想した。

ジャクソン氏はキャロルウッド・ドライブに戻り、家の外に集まっていた数人のファンのグループに挨拶するために、門の前でつかの間足を止めた。

敷地内に車が入った時に、ボディーガードのムハンマドはマーレイ医師の車がいつも通り家の外に止まっている事に気付いた。

ジャクソン氏の警備担当者が彼を家の中の階段の下まで連れて行った。マーレイと、ジャクソン氏の子供達以外は階上に上がる事を許されていなかった。

ジャクソン氏は帰宅すると間もなく、疲れているので睡眠が必要だと訴え始めた。


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警察の供述書によると、マーレイはジャクソン氏が(通常は特別な設備のある医療現場でのみ使用される強力な麻酔薬である)プロポフォル中毒に陥っていると懸念していたという。マーレイはジャクソン氏にプロポフォルを断たせる為に、2晩投与するのを止めていたと警察に語っている。

6月25日木曜日午前1時30分頃マーレイはジャクソン氏に10mgのヴァリウム錠を投与した。この向不安薬が30分経っても効き目を現さなかったので、医師はヴァリウムと同様の効果を持つ2mgのロラゼパムを生理食塩水の点滴に混ぜて投与した。

ジャクソン氏は依然として眠れなかったので、マーレイは2mgのミダゾラム(鎮静剤)を3時に投与、そして5時にはもう2mgのロラゼパムを投与した。

7時半になってもジャクソン氏は起きたままだった。マーレイはこの時さらに2mgのミダゾラムをジャクソン氏の点滴に注入したと警察に話している。

しかしジャクソン氏はまだ眠れなかった。

彼は彫刻の施されたルネッサンス調のダブルベッドのシーツの上で安らぐ事なく横たわっていた。数本の酸素ボンベがドアの側にあり、その夜ベッドサイドのスタンドには子供向けの映画を含むDVDが積み上げられていた。

警察当局によると、ジャクソン氏の室内は初夏のロサンゼルスだというのに暖房で暖められていたという。


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マーレイによると、眠れない夜の後、午前10時40分頃ジャクソン氏が再度プロポフォルの投与を要望したという。ジャクソン氏の要望に応えて25mgのプロポフォルを彼の点滴に注入したとマーレイが木曜に語っている。

6月27日に警察が行ったマーレイの事情聴取から事件の流れが導き出されているが、マーレイの弁護士、エド・シャーノフは捜査官の解釈によるものだとして異議を唱えている。シャーノフはこの件についてのコメントを拒否している。

マーレイは、ジャクソン氏が鎮静状態になって10分ほど経った頃バスルームに行くために席を外した。2分も経たずにマーレイは部屋に戻り、ジャクソン氏が息をしていない事に気付いたと供述で回想している

通話記録によると、マーレイが11時18分から11時51分の間に少なくとも3回電話をかけている事が分かる。相手は彼のラスベガスのクリニック、患者、そして友人である。

AP通信が入手した供述書によると、ジャクソン氏が息をしていない事にマーレイが気付いた12時13分、彼はジャクソン氏のアシスタントのウィリアムズに電話をかけ「すぐに電話をくれ、すぐに電話して」というメッセージを残したとされている。ウィリアムズがかけ直すと、マーレイは「直ぐに来てくれ、ジャクソン氏の様子がおかしい、様子がおかしいんだ。」と言ったという。

ウィリアムズがムハンマドに電話をし、そして家の外の警備員室に居たアルバレスにも電話をかけた。アルバレスは、2階に駆け上がり寝室に入るとジャクソン氏が手足を大の字に伸ばしてベッドに横たわっており、目と口は開いていたと捜査員に語っている。

彼の傍らでは、マーレイが片手で心肺蘇生措置を施していた。

供述によると、「アルベルト、アルベルト、早く来て。今反応があった、反応があったぞ」とマーレイが言ったという。

AEGとの契約案で、マーレイはジャクソン氏を看る条件として心臓蘇生装置と看護士を要求していた。しかし彼が亡くなった時、そのどちらも備わっていなかった。

ジャクソン氏の子供の2人、プリンスとパリスが部屋に入ってきて、マーレイが彼らの父親の救命措置をとる様子を見て泣き出した。彼らすぐさま部屋の外に連れ出された。

アルバレスは、マーレイがゴム蓋の付いた薬の小瓶を拾って袋に入れる様マーレイに頼まれたと捜査員に語っている。マーレイがアルバレスに救急車を呼ぶ様指示したのはこれらの小瓶が片付いた後、ようやくの事だった。

「出来るだけ早く救急車を寄越して下さい」アルバレスは通信指令部員に告げた。「ある男性を助けて欲しいんです。息をしていません。」

彼らがジャクソン氏を床に寝かせると、ムハンマドが部屋に駆け込んできて、マーレイが人工呼吸を行う間、彼は心臓マッサージを手伝った。


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木曜午後12時27分、救急隊が到着した。彼らは後に、12時29分の時点でジャクソン氏は呼吸をしておらず、脈拍も無かったと書き記している。

しかし、ジャクソン氏の大腿部にかすかな脈を感じたとマーレイが述べたとアルバレスとムハンマドは語った。マーレイ以外、誰も脈を感じてはいなかった。

ある救命士の報告によると、2度の救命措置を試み既に処置を終える段階に来ていたが、マーレイは自分が責任を持つから救急車の中でも蘇生措置を続けると言い張った

午後1時07分、ジャクソン氏の血液を循環させるために風船ポンプを体内に挿入するなど、マーレイが様々な蘇生技術を行使していた時、ジャクソン氏は近くのUCLA病院に到着した。

午後2時26分、ジャクソン氏の死亡が宣言された。

死亡が宣告されると、マーレイが泣き出したとウィリアムズは捜査員に語った。

彼はジャクソン氏の子供達に彼らの父親が亡くなったことを告げ、自宅に戻りたいと頼んだ。

「家に帰っても良いかな、もしくは連れて帰って欲しいんだけど。」医師はそう言ったとアルバレスは供述している。「車を取りに行きたいし、お腹も空いているんだ。」

ウィリアムズは、マーレイが帰宅するというのは良い考えでは無いと思ったと語った。彼はムハンマドと相談して、警察が車の鍵を全部持って行ってしまったという事にした。

マーレイはタクシーを使おうとしている様だった。ウィリアムズはマーレイが通用口から出て病院を後にするのを見たと語った。

ウィリアムズは、家に居る警備員に電話をかけ誰も家に入れない様にして欲しいとムハンマドに告げた。

ウィリアムズは言った「封鎖しろ」。




ソース記事:Michael Jackson's children to go to school for first time


世界で最もしっかりと保護された家族として何年も暮らしてきた後、マイケル・ジャクソンの3人の子供達が初めて学校に通う事になった。

マイケルの一周忌を記念して日曜に行われた感動的なインタビューの中で、プリンス、パリスそしてブランケットをより平凡に育てる事に決めたのだと子供達の祖母兼保護者であるキャサリン・ジャクソンがThe Mailに語った。

今まで彼らは、大部分を外界から隠しておくというマイケルのポリシーに沿って自宅で教育を受けていた。

「私は厳しさに欠けるかも知れないけれど、なるべくマイケルの育児方法に従おうとしています。」6月25日に彼がロサンゼルスの自宅にて疑わしい心臓発作で亡くなって以来初めてのインタビューで彼女は語る。

「でもあの子たちには友達がいません。学校に通っていないし。家で個人レッスンを受けています。9月には初めて私立の学校に入学するんですよ。」

80歳の曽祖母は、子供達が完全にノーマルな生活を送る事が出来るなどという考えを笑ったが、彼らは毎日の学業、空手、水泳という健康的な習慣を持つ事が出来ると語った。

親戚の誰かがロサンゼルスの彼女の家に訪ねて来ない日は殆ど無いという。「彼らが居てくれて子供達は大いに助けられました。一緒に出かけて楽しんだり。みんなでマイケルの音楽を聴いていますよ。」

マイケルが亡くなった責任の一端はキャサリンにもあるという夫のジョージャクソンの発言が報じられた事で、彼女は最近再びメディア攻勢に晒されている…今となってはジョーはその感情を引っ込めているが。

そして先週は、彼女の一番下の息子のランディが心臓発作で病院に駆け込んだが、回復しているようである。

とは言えずっと、彼女は3人の孫の面倒を見ることを最優先にして来たという。キャサリンはマイケルの死後間もなく彼らの法定後見人になったが、信託基金に保有される彼の財団をコントロールする事は出来ない。


3人の子供達は深く影響されていると彼女は語る。パリスは自分の寝室にマイケルを祀るコーナを創り上げている。「普通の女の子みたいに花とかバレリーナの写真でも飾っておいてくれたらと思ってたんだけど。」

しかし彼女はクローゼットから7~8枚のマイケルの写真を持ち出して来て言った。「イヤよ、私はパパを部屋に飾りたいの。いつも見ていたいの。」

「だからあの子は彼を見ながら寝て、彼を見ながら起きるんです。パリスはそういう可愛らしい事をするんです、マイケルみたいにね。それにマイケルにあった才能が彼女の中にもあります。何をやっても上手くこなすんです。彼女は良いアーティストだしピアノも弾きますよ。女優になりたがっています。」

キャサリンは3人がみんな、マイケルから何かしら受け継いでいると信じている。プリンスは芸術に興味があって映画制作者になりたいと望んでいるし、ブランケットは彼の陽気さを持っている。


マイケルが2001年に行われた彼のソロ30周年記念コンサートにプリンスとパリスを連れて行った後のいつだったか、その頃に彼らは父親がどれ程有名なのかを理解し始めたのだとキャサリンは語る。

「マイケルが話してくれたんです。小さな2人がオーディエンスの中に居たって言ってました。彼がステージから戻ってくると「大スターなんだね~大きくなったらパパみたいになりたい!」って言ったって。それを聞いて大笑いしたってマイケルは言ってましたよ。」

金曜日の命日を毅然として迎える為に、キャサリンは「 Never Can Say Goodbye: The Katherine Jackson Archives」の中でジャクソン家の写真コレクションをまとめた。

彼女は言う:「わが子達が歌い踊って幸せそうにしている写真を見るのが好きなんです。マイケルの事を考えない日なんて殆どありません。」


「(マイケルの事を)話していると息が苦しくなるんです。何年たっても同じように感じると思います。とても仲良くしている甥から色々教わりました。祈る事で助けられました。何の後悔もありません。私は子供達の為だけに生きてきたんです。」

彼女は続ける:「マイケルはとても誤解されていました。マイケルが私への贈り物を家に持って来てくれた時の事を覚えています、時計、ネックレス、それに指輪とかね。私がプレゼントを開けている時の彼の笑顔を決して忘れません。本当に気前の良い子でした。あなたにも何だってあげてしまうでしょう。」

「世界中に本当のマイケルを知って欲しいのです。タブロイドに出ていた疑惑は全て嘘なんです。」

「子供を持った事がある人なら、自分の息子を悪く言われた時にどんな思いをするか、特にそれが真実でない場合いかに辛いか解かってくれるでしょう。だからこそ本を出す事にしたんです。彼が愛すべき人物だったと覚えていてもらいたいのです。」

「人々は、彼が不当に受けた児童虐待の訴えのせいでその事を理解出来ないのです。お金を欲しがる欲深い人達がした事でした。」


彼の死から1年、マイケルの母親は彼が自然死したとは思っていない。

「そうなるには若過ぎます、何かがあったんです。彼が処方箋薬を飲んでいたと聞きましたが、私は息子がそんな事しているのは見たことがないんですよ…電話で話す時でさえ、様子がおかしかった事は一度もありませんでした。」

「いつでも普通にしていたからその事について彼に聴いた事もありませんでした。彼が自然死したとは思えません。信じられません。彼の世話をしていた誰かです…そしてあの子は死んでしまった。もし彼にもう一度会えるとしたら「誰がやったの?」って聞くでしょう。」

「ひとつ望むとすれば、来年は私や家族にとってより良いものになって欲しいですね。人々がマイケルを覚えていてくれて、彼の功績を祝い続けてくれる事を望んでいます。そのうちに私も元気を取戻せたらと思います。彼の死によって既に家族の絆は強くなっています。更に結束を固めたいと思っています。」

「後悔はしないようにしています。そう考えないようにしているんです、マイケルが違う生き方をしたとは思いませんから。時には泣いてしまう事もありますが。」

「だけど、世界中がマイケルを惜しんで思い出してくれているのが分かるので嬉しいんです。ファンの子たちが家の前でポーズを決めて写真を撮っているのを見ました。マイケルもそれを見て喜んでいるでしょう。ただ毎日、彼が居なくて寂しく思うのです。」


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