命日直前からとても沢山のマイケル関連ニュースが出ていて追いきれないくらいですが、今日はさすがに泥臭い話は避けたい気分です。
という事で、マイケルのお母さんのキャサリン・ジャクソンが今週出版した「Never Can Say Good Bye」の中から、ファンに関する記述を少しだけ抜粋してみました。
改めて、マイケルの最も辛い時期を支えた家族とファンの皆さんに敬意を表したいと思う次第です。I SALUTE YOU All !!
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もしも私が確かだと言える事があるとすれば、それは私の息子が彼のファンをどれほど深く敬愛していたかという事です。
マイケルが裁判に直面していた頃の事は決して忘れません。私達が出廷するために家を出る時には、毎朝必ずファンが門の前に集まってプラカードやプレゼント、そして祈りを捧げて彼らのサポートを表明してくれていたのです。
厳しい時期を過ごしている彼が気持ちを強く持てる様に、聖書の一節とともに愛情溢れる励ましの言葉が書かれたプラカードを見るのはマイケルや私にとって感動的な事でした。それこそが彼に必要な強さを与えたのです。
ものすごい群集が彼の一挙手一投足を追い回していました。 ほとんどの人は怖がると思いますが、彼は平気でした。彼がセキュリティーに強制したルールは「常にファンには親切にする事」でした。
マイケルが実家に住んでいた頃、毎日の様にうちの門の周りを数名がウロウロしていました。よくファンがマイケルに会うために忍び込んで来た事がありました。時に彼らは家の中にまで入って来てしまう事もありました。この様な時にマイケルはいつでも落ち着いて感じ良く、そして礼儀正しくしていました。彼はファンに感謝していたし、彼らの愛とサポート無しに今の自分は存在しないのだと良く分かっていたのです。
私は息子と彼の生涯を通してとても仲良くしていました。私達の絆が強すぎた為に、彼の兄弟達が家を出てしまった事もありました。そしてその絆は90年代の訴訟の際にさらに強くなったのです。
マイケルが私を必要としているのと同じくらいファンを必要としている事は分かっていました。だから私もファンも彼の側を離れなかったのです。
中略。
マイケルは類稀な生涯を送りました。そして好きな事を芸術を通して実践できる事に感謝していました。しかし私も息子も成功には代償があるものだと思っていました。良い面と悪い面があったのです。私はもし、もう一度やり直せたら違う事をしようなどと思いを巡らせたりはしません。私の人生において、マイケルの様な息子を持つこと以上の願いなどありません。
人々がどう考えようと、マイケルは類稀な人間、息子、そして父親だったのです。善良な意図で基金を立ち上げ、愛と思いやりを提示する事を通して人々にインスピレーションを与えたいと望んだ人物でした。
世界も一度は彼を理解しましたが、しかし今度は再び拒否しました。息子は、ファンが最後まで味方でいてくれる事を知っていました。 そのお礼に、彼は音楽を通じて愛、才能、希望、そしてインスピレーションを世界にお返ししました。マイケルが他の生き方をしようとするとは思いません。
わが息子を失うというのは言葉に言い表せない程の、押し寄せる様な悲しみです。私はこのストーリーをマイケルの子供達やファンと共有する事にしました。なぜなら彼らが自分にとっていかに大切な存在だったかを、彼は子供やあなた達に知って欲しいと思っているのが私には分かるからです。
50歳は亡くなるには若すぎます。幾多の苦難があったにもかかわらず、それでも彼が 真に自分に値する喜びに溢れた人生を送ろうとしていたと私は信じています。私は、わが息子マイケルの生涯が意味のあるものだったと信じているのです。