<この頃、とも君の目はいつも泣いているようでした>
とも君が全身不随となり寝たきり生活になってから、私たち姉妹は、とも君はこの状態で生きていることが幸せなのかずっと考えていました。
立ち上がることもできず、意識反応もなく、食事も排泄も自力で出来ず、植物状態。毛並みもバサバサで顔もずっと辛そう。体重は健常時の半分に。
とも君の生命を繋ぐことは私たちのエゴなのではないかとも毎日のように考えて、姉妹で話し合いをしていました。
私は体調不良、姉は私の分も頑張ってくれていたので、寝不足の中会社に行く毎日。自分達が体を壊しては本末転倒。一生続くかもしれない介護。突然とも君の世話ができなくなる日があってはならない。そうなる前にとも君を見送るべきなのか。
2人では答えが出なくて、先生にも相談にも行き、私たちの介護の大変さも知っている先生は、「もうここまで本当に頑張ったのだから、自分達を責めることなく、とも君を楽にしてやることも間違っていません」と。 先生も一緒に診察室で3人で号泣しました。
先生は安楽死のことを示唆していたと思いますし、もちろん私たちもずっとその事が頭に片隅にありました。
職場の知人から、少し前に高齢のわんちゃんが寝たきりになり、半年介護した後、家族で何度も話し合って安楽死を選択した話を聞いており、その方にも相談したり。
とも君と同じように寝たきりになって安楽死を選ばれた猫ちゃんの飼い主さんのブログも読んだり、答えが出ないままの日々でした。
結局、安楽死という選択は私達にはできませんでした。
ここまでも何度も死の宣告をされ、命の危機を乗り越えてきたとも君には生命力があり、生きることを諦めてないと感じ始め、いつ訪れてもおかしくないであろうお別れを覚悟しつつも、とも君の生命力を信じて、私たちにできる限りのことをしようと決めました。
ここから私達ととも君の本格的な闘いが始まりました。
