先日、鳩山首相に直訴する文章を書いたと思ったら、もう辞任してしまうとのこと、本人はこの国の将来をなんとかしようと、最後までがんばるのではなく、もうやってられないと放り出したわけです。
一流企業の社長や経営者がこんな態度だったら、どうなることか?
でも、民主党が第1政党になったことは、自民党を揺るがせた効果はあったように思います。
次の首相は、神様から指名された人でなければ、誰がやってもうまくいかないのです。人が考える知恵は、限られていて、過去の歴史をみても分かる通りです。
もしあなたが、突然今から新しい首相になってくれと頼まれたら、どうしますか?普通の人だったら、断るでしょう。それをやると言う人は、よほどうぬぼれが強くて、顔の皮の厚い人でしょう。
神様は、次の首相になれる人を、もう用意されています。その人が生まれる前から、日本の国の首相になるように計画されてきたからです。ただし、その人が首相になっても、神様の命令に従わなければ、すぐに降ろされてしまいます。鳩山首相も、そうだったのかも知れませんが、首相になってからの行いが正しくなかったので、降ろされたのです。
こんなことは、日本以外の国ではやっていないと思うことがいろいろあります。
ですから、ぜひ民主党の鳩山首相に直訴して、止めてもらいたいと思って書いてみます。

その1.以前にもこのブログに書きましたが、自動車税を止めてください。それも、一律の自動車税はひどすぎます。どんな高級車でも、ボロボロになったポンコツ車でも、同じ金額というのはひどすぎます。例えば、新車で買った時には、購入の税金がかかるのは仕方ないとしても、10年も乗っている車がただ排気量だけで同じ税金というのは無謀です。車の価値が下がっているのに、同じ税金を払わなければならないのは、不当だと思いませんか?

その2.国営放送の聴取料を止めてください。集めたお金で、何をしているのでしょうか?番組を製作して、放送するだけなら、それほど費用はかからないはずです。新幹線の特急料金と同じように、集めたお金にたかりつく人が多すぎるのではないでしょうか?

その3.新幹線の特急料金を止めてください。昔は、鈍行とか普通列車があって、運賃だけで遠くまで行くことができました。それが、今は新幹線が通る都市には、もう普通列車が走らなくなっています。どうしても新幹線に乗らなければならないわけです。その特急料金は、列車を走らせるよりも、別なことに使われているとしか思えません。

その4.一律の消費税の増税は止めてください。食料品や飲料水など、生活に最低限必要な物にまで税金をかけるのはひどすぎます。むしろ、贅沢品を買う場合には、ずっと高い税金を取ればいいのです。お金のある人は、余裕があるからいいのですが、生活保護を受けたり、ぎりぎりの収入で生活している人が多い国なのですから。

その5.アメリカ軍の基地を国内に置くのを止めさせてください。日本は第2次世界大戦での敗戦国です。でも、いつまでもそのつぐないをする必要があるのでしょうか?日本の国土は狭く、人口は多いのです。どこへ行っても、人が住んでいない場所はありません。そんな国の空を、アメリカ軍の演習機が飛びまわって、どんなに住人が迷惑しているのか、知らないわけではないと思います。聞く耳を持たない人ばかりを相手にしていないで、もっと教養のある人に訴えることをしてください。

その6.学校の教科書を全面改訂してください。そしてもっと個性を大切にする教育にしてください。入学試験を全廃してください。英語の授業を止めてください。歴史を正しく教えてください。進化論を止めてください。学校で先生と呼ばせることは止めてください。そして、敬語を強制することも止めてください。

その7.週刊誌の表紙やグラビアに、ヌードを載せるのを禁止してください。海外にも、ペントハウスとかプレイボーイといったアダルト向けの雑誌はありますが、日本のように青少年が自由に読めるようになってはいません。インターネットでいくらでも見られる時代ですから、週刊誌を取り締まっても仕方ないと言われるかもしれませんが、コンビニに入ったら、そこに並べられている女性の裸の写真にはうんざりします。
人と人が争ったり、競争したりする心を持たなくなったら、どんな世界になるでしょうか?
ほとんどのスポーツは成り立たなくなり、戦争も終わるように思います。他人と争わなくても、自分自身と争うということはあるかも知れません。向上心はどうでしょうか?常に人よりも先に出たい、優れていると認められたいという思いも同じようになくせばいいと思います。生まれる前からすでに、あなたは世界でたった一人しかいない特別な存在だから、誰か他の人と比べる必要はないのです。
そうなったら、なまけてなにもしないで過ごすようになるでしょうか?そうとは思えません。人と人が争わなくなっても、戦わなければならない相手はたくさんいます。病気や伝染病、自然災害、環境を破壊するようないろいろなものに対して、戦わなければなりません。その時には、人々が競争するのではなく、協力して立ち向かう必要があります。
各自が、自分の持っている能力を生かして、戦うのです。誰かに命令されて行動するのではなく、お互いに平安で豊かな暮らしができるようにするために行動するのです。
これから、世界を統一しようとする動きが現われてきます。それは、個人がそれぞれに持っている能力や、知識を明らかにして、目に見える形で一人一人をコントロールしようとする動きです。それは、正しいことではなく間違っているのですが、止めることはできません。ただ、そのことが間違っていると分かるか、分からないかで将来が大きく変わってきます。
NHKでは、ラジオやテレビで語学放送を通して、いろいろな国の言葉を指導しようとしています。誰でも一度くらいはテキストを買ってやってみたことがあると思います。実際に自分も、英語やスペイン語、ドイツ語などの放送をテキストを毎月買って、CDまで買ったりしてやってみました。
ところが、ほとんどが役立たないことが分かりました。なぜでしょうか?日本の国営放送が視聴者からお金を取ってやっている、こうした語学学習の放送が役立たないのに、相変わらず毎年毎年繰り返されているのは、それによって経営を成り立たせるような仕組みでないのが大きな理由です。
ちょうど、現在の義務教育のように、授業料をとって子供を集めて基礎教育をしていても、それが社会に出てからほとんど役立たないのに、いつまでも同じやり方をしているのととてもよく似ています。
今回は、ブラジルから日本への移民の人と会話がしたいと思って、NHKラジオのポルトガル語の講座第3回目を聞いてみたのですが、内容はいきなり動詞の活用とかです。どこの国の人が文法から言葉を覚え始めるのでしょうか?まったく視聴者のことを考えていない内容に、がっかりしました。言葉を覚えるのは、日常会話からです。それも、初めは意味が分からなくても、あいさつするときの言葉とか、自己紹介、買い物、道を訪ねるなど最低限必要な言葉を知りたいわけです。日本語の文法を覚えていて、説明できる日本人がどれほどいるでしょうか?長い文章を書いたり、翻訳をしたりするレベルになれば、文法も必要になる場合がありますが、ほとんどの日常会話では、文法は無視されていて覚える必要がありません。
NHKの語学学習を担当している講師は、皆その言語のベテランで、学校の先生のような人たちばかりがやっているので、初心者の気持ちや能力が理解できないように感じます。中学で初めて英語を習い始めた時に、英語の教師が自分は王様のような態度で、生徒たちを見下していたのを思い出します。語学ができるからといって、特別な才能があるわけではなく、その国では小さな子供でさえ自由に会話ができるのです。そのことを忘れてしまっています。
ここまでは、NHKの批判ですが、それではどうしたらいい語学学習の方法があるでしょうか?日本の国内では、英語のできない人がほとんどなので、それをいいことに、にせの英会話スクールや聞くだけで話せるようになるというような、まるで振り込めサギのような広告が多いです。人の弱みにつけこむ狼のような商売です。
知らない言葉を覚えるのは、それを日常使っている人の会話を聞いて、発音に慣れることです。難しい言葉ではなくて、ごく日常の家庭内や買い物、乗り物などでの会話です。ところが、こうした会話のCDやビデオは、なかなかありません。普段のごく当たり前の会話を記録しても、その国の人にとって意味がないからです。そうなると、なかなか手に入りにくいのが現状です。不思議ですが、日本語でも、そうした日常会話を記録したものは、個人的に作らなければ、どこかで入手することができません。
NHKの英語会話で使われる、会話の場面は、まるでドラマのシーンのようで、それぞれの話し手がはっきりと、そしてゆっくりとせりふをしゃべっているものです。実際の日常会話は、早口で個人のなまりやくせがあり、子供のしゃべり方や年寄りのしゃべり方などで、半分くらいしか正確に発音されていませんが、それで十分に意味が通じて会話ができるのです。
つまり、商品の見本のような模範的な言葉でなく、使われて汚れて擦り切れたような、そうした言葉を聞く必要があります。それが普段使われている言葉なのです。普段使われていて、役立つ道具ような言葉を聞いて、繰り返すことが、第一歩だと思います。例えば、「ごはん」、「めし」、「帰る」、「行く」、「風呂」、「寝る」、「お茶」、「欲しい」、「いらない」など、子供やめんどうくさい亭主の会話言葉です。


きょうは、日曜日なので下諏訪キリスト教会へ日曜礼拝に出かけました。途中の道路情報表示板に「下諏訪方面通行止め」と出ていて、これはひょっとして途中で引き返さなければだめなのかと一瞬思いました。
新和田トンネルを抜けて、下諏訪に入ると普段とは違って道路わきにたくさんの車が止まっていました。そしてパトカーや警備の人が立っていて、御柱祭を見物に来る人を誘導していました。
国道142号線から、下諏訪大社のほうへ行かなければならないので、車を走らせたところが、教会へ行くための道が歩行者天国になっていて入れません、しかたないので近くにある市営の文化センターの駐車場に車を止めました。普段は利用者に無料で解放されているこの駐車場に係員がいて、500円の料金を取られました。
その駐車場から教会までは徒歩で15分くらいあるので、他の御柱祭を見物する人々と混じって教会まで歩きました。町をあげての祭りで、観光客の落とすお金をねらっているわけです。こんなことをしているから、下諏訪は栄えない町になってしまうのです。目を覚まして、地元に住んでいる人々は自分が何をしているのか気づいてください。何のためにこんな祭りをし続けているのか?誰が利益を得て、喜んでいるのか?天地を創造された天の神様が、こうした人々の行為をとても悲しんでいます。偶像礼拝をしているからです!お金を拝んでいるのです。
先週の日曜日に、家から車で15分くらいのところにある、道の駅「マルメロの駅ながと」へ昼ころに寄ってみました。やすらぎの湯という温泉もある、広々とした場所でしたが、日曜日の割りに人が少ないのが気になりました。
駐車場の近くでは、何人かの人が通路に品物を並べてバザーをやっていたり、瀬戸物と刃物を売っているテントも出ていましたが、まだ肌寒い気候でゆっくりと見るような雰囲気ではありませんでした。
帰ってきてから思い出したのは、カナダに住んでいた時に、あちこちで見かけたモールのことです。モールというのは、日本でも都会などで作られてきていますが、今住んでいるような地方の都市にこそ必要なものだと感じました。何軒かの店がそれぞれに建物を個別に建てるのは、無駄があるのと、特に冬に雪が降ったりして寒い地方では、モール形式で建物全体を暖房したほうが、効率がいいように思います。
そして、もう一つ感じたのは、せっかくこうした施設があるのに、インターネットのホームページやブログが作られていないことです。インターネットのホームページがあれば、利用者が検索して見つけることができますが、無いために他のサイトからのリンクもできません。商用のホームページの製作を業者に頼むと、かなりの費用が取られますし、更新のための費用もかかります。
どうして、市町村の役所が、こうしたインターネット・サービスを無料で提供しないのか不思議です。公共の施設の広告することで、その市町村の収益が上がることに気づかないからでしょうか?それとも、そうしたエンジニアを集めることができないのでしょうか?いくらでもボランティアでやる人は集められるように思います。

毎週日曜日に、下諏訪キリスト教会へ礼拝に通っていますが、今週から諏訪神社の御柱祭(みはしら、またはおんばしらさい)のための飾り付けが、町のメインの通りに吊り下げられていて、まるでクリスマスのようです。
そして、21万の町民は強制的にこの祭りに参加しなければならないようです。個人の信仰の自由など無視したやり方です。つまり、この国にはまだ個人の自由が認められていません。その昔、エジプトに奴隷として働かされていたイスラエル人のように感じます。
奴隷解放は、いつの時代にも必要です。北○鮮もそうですし、日本もそうです。モーセやリンカーン大統領のような人物が現われる必要があります。鳩山首相も、そこまでは手が回らないようです。


毎日のようにニュースで報道される事件の多くは、自然災害や人の異常行動によるものです。どうしてあの人が、あんなことをしたのだろう?と不思議がると思います。このブログに変なコメントを毎回のように載せる人も、会って見れば普通の顔をしていて、普段は普通に生活している人だと思います。
広島県の病院の看護士が、何人もの口のきけない患者の肋骨を折って、殺した事件もこれと同じです。警察官や教師などが女性にわいせつな行為をするのも同じです。原因は、人の心にあります。人の心は、心理学などで心理学者が調べようとしていますが、まるで子供が宇宙の真理を探ろうとしているようにとても幼稚です。
自分で飼っている犬や猫の心理さえ分からないのですから、人間の心理が分かるわけがありません。
その答えは、聖書にはっきりと書かれています。旧約聖書の創世記9章21節に神様はこのように言われています。「人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。」と。人を創られた神様が言われているから、真理です。原因が分かって、その対策を立てるには、この本(聖書)に書かれていることを信じて実行する以外に道はありません。

アメリカでトヨタ社が問題を起していますが、ある企業が作り出す製品やサービスは、その企業の体質そのものと言うことができます。どんなにうわべを取り繕(つくろ)っても、本質的な性質は変わらないと言えます。例えば、トヨタ社の車のアクセルが戻らなくなるのは、決して今始まったことではなく、何十年も前から、他の車種でも起きていたことです。自分が仕事で乗っていたトヨタ車も、ときどきアクセルが戻らなくなりあせりました。それがまた現われたわけです。どうして同じトラブルを、別の製品でも起すのかとても不思議に思えますが、DNAが組み込まれていると考えると納得できます。一流の企業であるからといって、こうしたDNAを持たないわけではありません。○ニーがいい例ですが、○ニーは、何十年も昔から録音機を作っていました。そして、いつも音量調節のボリュームがすぐにガリガリといいだして、具合が悪くなりました。その部分の製品の設計を変更すればいいように思うのですが、製品開発の技術者はその企業のDNAが入っているのか、変更ができません。
トヨタも、何十年もつちかってきた技術があり、それによって新製品を開発しているのでしょうから、不具合の出る個所はいつも決まっていて、そこは根本的に変更できないと思います。

日本人は昔から周囲の環境に支配されやすい民族のようです。農業国であり、台風や地震の被害を受けやすく、いつも自然の脅威にさらされて来たからかも知れません。そして、身分制度などを守って、長いものには巻かれろというような考えが根付いてきたようです。それだけに、なかなか民主主義の考え方を取りこめないでいます。

一方、アメリカ人やカナダ人を見ると、彼らは周囲の環境に支配されにくい民族です。自然は自分達に支配できるものという考えがあって、農業にしても牧畜にしても自然を相手に戦って勝ち取ってきた民族です。それだけに、身分制度を廃止して、自分たちの自由を勝ち取ることができたわけです。

これからは、日本人も周囲の環境に立ち向かって、勝ち取るようなエネルギーが必要だと感じています。日本庭園は自然の環境をそのまま生かして作られていますが、西洋の庭はすべて人が作り上げて思い通りに仕上げた美しさがあります。自然の環境は、自分たちの手で守り、使いやすいように変えていく必要があります。