どうもっす。。

 

ベルリン東ドイツ観光個人 ハッピーガイド

後藤裕起子です

 

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音譜

4月2日 バッハアンサンブル富山 様の

 

感動のJSバッハを聴きました。

 

 

ベルリンのコンコルディア合唱団の方達も

 

心から感動 ラブラブ

 

しかも完璧なドイツ語で

 

JSバッハが生きていたら、

 

どんなに

 

喜びの涙を流すことでしょう

 

とかげ

 

日本ではきっと、

 

JSバッハは知っていても、

 

多彩な音楽家を産み出した

 

東ドイツの黄金のバロック期をご存知の方は、

 

すくないかも、、    涙

 

 

!?

 

その1つには、

 

西洋の文化芸術事情が

 

日本に伝わって来たのが、

 

最近の 笑

 

1868年以降。。

 

それも、

 

大局観に立った教育観ではなく、

 

部分をもってきた、

 

 

文化芸術は、

 

継ぎはぎのパッチワーク式 笑

 

 

で、

 

明治政府は日本に紹介したんですよね。。

 

 

 

なので、

 

日本で紹介されている

 

音楽芸術の見地は、

 

残念ながら、

 

一貫性がないのも事実。。

 

 

なにはとにあれ、

 

今は、

 

だれでも世界に飛び出し、

 

自分の眼で見て考える。。

 

そんな時代になって来ました。

 

 

 

目

 

東ドイツの中でも、

 

チューリンゲンという州がございます。

 

 

このチューリンゲン地方には、

 

JSバッハの音楽家である

 

 

家系が

 

ちりばめられていて

 

バッハのお好きな方には、

 

 

もう耐えられない程、

 

ルンルンな場所なんです。

 

16世紀、17世紀には

 

バッハ家の花が満開に開いていました。

 

 

JSバッハのひいおじいちゃんの時代から、

 

家系が残っているようで、

 

町の音楽隊の隊長さん、

 

教会のパイプオルガン弾き、

 

ゆくは

 

教会の音楽監督、

 

大学の先生、

 

トランペット奏者、

 

歌手、

 

宮庭の音楽家、

 

そして

 

宮庭の音楽監督、

等々、

 

その当時音楽で食べて行ける職業は、

 

数に限りがありましたが、

 

バッハの親戚は、

 

大きな音楽家の家系だったらしいです ネ。

 

上記の画像は、

 

チューリンゲン州のアイゼナッハという、

 

町にある

 

JSバッハの生家。

 

ヴァルトブルグ城を下りて行くと、

 

ございます。

 

チューリップ黄

 

この続きは、

 

次のブログでご紹介させて下さい。。

 

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