MU「5分だけあげる」観劇。(2011.6.29) | THEATRE GRENAT ~てあとる・ぐれな~

MU「5分だけあげる」観劇。(2011.6.29)

MU「5分だけあげる」観てきました@王子小劇場。

・・・いろいろ考えさせられる舞台だった。
いつものMUには、過去の自分の記憶を掘り起こされて、鋭い痛みを伴って観ていたのだけれど。

今回は、過去を思い起こしながらも。
直面させられているのは、現在の自分。
あまりに痛くて、それをどう未来に繋げるか、希望をどこに見出したらいいかと。
それを探り当てるまでに随分と時間が掛かってしまった。

自分が子供の頃は、親は絶対だと思っていて。
先生の言うことは聞きなさい、大人の言うことは聞きなさいと教えられたけど。

現実はこの舞台の上と同じ。
子供教育するべき大人が必ずしも立派な大人ではなく。
何が大人で何が教育なのか。
セックスしていれば大人なのか、子供がいれば大人なのかと目の前の光景に怒りを覚えてしまう。

そのような現実に絶望して、爆弾を持って教室に入る女教師。
その真っ直ぐさに私は共感する。
そして真っ直ぐすぎるから破滅へと向かう姿に恐怖を感じた。

そこにあるのは、私の未来。
希望の見出せない未来。

けれど、終演後に作・演出のハセガワアユムさんとお話したときに、これは決して絶望的な物語ではないことが分かった。
アユムさん自身が悲観的でないなら、この舞台のどこかに希望の光を見出せるのだろうと感じた。

2回目に観たときはまだ見えなかった。
けれど、3回目に最後列で見たときに、それは見えた。

それは、演技やストーリーからではなく。
舞台を小宇宙のように浮かび上がらせる照明の美しさからで。

幻想的なその光は、舞台の上の人間を照らし。
乱れて、壊れているはずの人間達を柔らかく包んでいた。

破滅へと向かっているように思えた女教師の未来をどこかで再生するような。
希望はどこかにちゃんとあるよと言ってくれるような、美しい光景。

その美しさを前にして。涙が止まらなかった。
私は未来をも愛していいのだろうか。
今の自分は、迷いも多く、後悔も多過ぎるほど多いけれど。

アユムさんの脚本は、いつも人生を肯定してくれる。
それは直接言葉では語られないけれど。

いつも敢えてその痛みに浸るように、私はMUの客席に足を運ぶ。
このような感覚を味わわせてくれるのはMUだけだから。

良い劇団も素敵な公演も、星の数ほどあるけれど。
こうして、自分の人生に関わってくれるお芝居がどれだけあるのだろうと思う。
そんな奇蹟のような舞台に出会えることの幸福を、私は手放したくない。
これからも。どんなに痛くても、私はMUを観続けたいと思う。


・・・と、遠回しで訳分からないかもしれませんがごめんなさい。
なんかね。痛いの。今も。ひりひりと。


(観た日:2011.6.29)