書こうかどうか思い悩み止まる手が。


母の日から1日過ぎてしまいました。


自分の弱さにきちんと向き合っておきたいので

書くことにします。


少し暗めの内容を含むかもしれません。

元気のない方はここでやめておいてください○┓










母の想いを人の倍

受けたのかもしれません。


今なら一人じゃない母に感謝します。

それなのに私は・・・


ママ、ごめんなさい。





育ててくれたのは祖母でした。

6歳から18歳までの高校卒業するまでの殆どを

祖母と長崎県の島で2人暮らしました。



祖母との出会いは今でも鮮明に目に浮かびます。

当時私が6歳、祖母が65歳のときのことです。


お父さんと一晩車で夜を過ごし、朝を迎えると

そのまま神戸を出発して、とても長い時間車に揺られました。


行き先も解らないまま、船に乗り替えさらに遠くへ。


お父さんに手をひかれ向かった先は

少し歳をとっているように見える女性のもとでした。


まだ小さく、見上げる私に優しく微笑みかけて、明るい声で

「みかちゃん~。会いたかった~。ママって呼んでね。」

(この人がお母さんなんだっ。)


初めて目にした動くものをお母さんと思い込むというヒナのように

私の中にその女性は「お母さん」とインプットされました。

今思えば、そうしたかったんじゃないかと思います。


嫌な想いをすると自分の気付かないうちに

その記憶に蓋をしてしまう場合がある

と聞いたことがありますが、それに近いものなのかなと。


記憶を辿ると神戸で過ごした3歳から6歳の頃の

思い出したくない記憶だけはきちんとあるのに

私は祖母を、本当のお母さんだと信じきっていました。


お父さんとはすぐ別れたようですが、よく覚えていません。



日常を過ごす中、本当のお母さんだと信じきっている私には

疑問が浮かぶいくつかのことがありました。


小学校低学年のとき

なにかの授業で、へその緒と母子手帳を持参するよう言われ

失くしたと聞いて、持っていけなかった不思議


私の赤ちゃんの時の写真が1枚もない不思議


ママと外出したとき

道ですれ違った地元のおばさんから、横に居る私に

「お母さん元気?」と聞かれる不思議


小学校2年生の下校途中

女の子を連れた、知らない女性に引きとめられて

「私が本当のお母さん。この子がお姉ちゃん。」

と言われる不思議



ママを祖母だと認識したのは、小学校4年生のときです。


保健体育の授業で学んだことから、59歳差のある私は

祖母から生まれる訳がありませんでした。


自分の思い込みが招いた衝撃だったのにも関わらず、

当時の私は騙されていたことに気付いてしまったと思いました。


恐る恐る、気付いたことを悟られないよう明るく質問してみます。

月経の終わった歳を確認したうえで


「ママはどうやってみかを生んだの?」

「みかはね?ポンって生まれたんだよ。」


明るく返ってきた返事に、動揺しつつも笑顔で

「そっかぁ。遊んでくるね。」

動揺があふれ出てしまう前に、その場を急いで立ち去ります。


お父さんはきっと本当のお父さん・・・

ママはお父さんのお母さん?

いとこのおじさんやおばさんは、ママの子供でお父さんの兄弟?

・・・小学2年のときのあの女性がお母さん???


頭の中はぐるぐるぐるぐる

真実を求めていろんなことが駆け巡ります。


聞く先のない疑問の答えの先に、ひとつ結論を出しました。


このまま騙されていよう。


きっと理由があるこの嘘を、暴く勇気は持てませんでした。

どちらにしても私は生かされている。


いとこぐるみの優しい嘘に、感謝しました。

いい子でいたいと思いました。





それでもやって貰えることをそのまま受け入れ

なにか手伝うこともなかったね。


晩御飯のおかずには私の好きなものを

いつも気にかけて作ってくれたね

ママの作るけんちん汁といなり寿司は最高でした。


風邪を引いたときのすりりんごは嬉しかった。


食べ物はなんでも半分こしたいのに、私の好きなものは

いつも多めにしてくれて、喜ぶ顔が嬉しいと言ってくれた。


事故から友達の顔に傷を負わせてしまったとき

うまく言い出せなかったのに、動揺する私に気づいて

「なにかあったの?言ってごらん。」

絶対怒られると思ったのに、怒らず大丈夫と一言。

一緒に謝りに行ってくれたね。



私が唯一できたことと言えばマッサージくらい。


細く痩せてる身体でいつも頑張ってくれて

首筋から腰辺りまで叩いたり揉んだりすると喜んでくれた。


周りの子より身体が大きくなるのが早かった私は

ママが好んでよく望んだ、腰に乗る足でのマッサージ

細い身体を壊してしまわないかってとても怖かったよ。


ママは知ってるのか知らないのか解らないけど

高2のときにこれまでの不思議が私の中で数珠繋ぎのように

解っていくことがありました。

それは私の中に複雑でたくさんの感情を呼び起こし

いろんなことに疑心暗鬼になったことで一時学校では

自暴自棄な自分が少し表にでちゃったみたい。


ときを同じくして私のお母さんはママだけだと

自分を騙し続けることができなくなりました。

ママへの感謝は変わることはなかったけど

打ち明けることができなくてごめんね。



ママとの想い出は思い返すとたくさんありすぎて

悲しいことも嬉しいこともぶつかったことも全てが

今では宝物です。



やってもらえることをそのまま受け入れることが

ママ孝行だと思わせてくれた。

ときどきやる肩叩きでママ孝行を味わわせてくれた。

どうしようもない私を優しい嘘で包み続けてくれた。



今は私のことがわからなくても


ママのことが大好きです。



私が島を離れるときには

ママは子供夫婦と住むことになり、不安はなかった。

今は介護老人施設に身を置いて数年

生活には慣れたかもしれないけどきっと寂しいね。


昨日は久しぶりに声が聞けて嬉しかったよ。

声のハリがなくなってたね。

電話では話ができないくらい耳悪くなっちゃったんだね。

体調すぐれなかったかな。

もうダメだとか言わないで。

元気付けたくても声が届かないなんて苦しいよ。

必死に聞こうとしてくれてありがとう。


最後まで私の声は届かなかったみたいだけど

ママの声は届いたよ。

みかという人と知っても私とは判らなかったみたいだけど

声を聞かせてくれて、生きていてくれてありがとう。


今回電話するまでに時間がかかってしまって

ごめんね。


前に私を私と判らなくなったことがあってから

電話する勇気が出なかったんだ。


私を私と判らなくてもママはママなのに。


受け止めるのに無駄に時間を過ごしてしまった。

ごめんね。



ママの声を聞いた後

少し時間を空けてからもう一度電話してみたよ。


ヘルパーさんに対面すると会話はできると聞いて

少し安心したよ。


花とお菓子を届けることしかできなくて

ごめんね。


あと何度会えるかな。


今度は会いに行くから

もう少しだけ


私のわがままに付き合って

いつまでも元気で居てください。