二年ぶりに、人形浄瑠璃を観た。
会場へ向かう途中、空は驚くほど穏やかで、昨年、大雨で「傘焼祭り」が中止になったことが、少し信じられないほどだった。
けれど、その大雨の中でも、人形浄瑠璃だけは執り行われたという。
人が減っても。
時代が変わっても。
続けなければ消えてしまうものがある。
そんな空気が、この土地には残っていた。
舞台には、大きな松。
静かな三味線。
そして、人形。
わずかな首の動きだけで、喜びや悲しみが伝わってくる。
不思議だった。
人間が演じるよりも、人形だからこそ見えてくる感情がある。
会場で流れていた前会長の言葉が印象に残った。
曽我十郎祐成は22歳で亡くなった。
しかし、「虎」という女性は、その十郎のことを、亡くなる(60歳前後)まで語り続けた。
だからこそ、名が残ったのだと。
そして今回の台本は、時代に翻弄された女性の目線から描かれているという。
歴史は、勝者や英雄の名前だけが残る。けれど、本当に長く記憶を支えているのは、誰かを想い続けた人なのかもしれない。
帰り道、夜風の中でそんなことを考えていた。
人は、忘れる だから語るんだと
音も同じなのだと思う。
録音しているのは、音ではなく、その場所に生きていた「想い」なのかもしれない。


