列車に揺られながら、窓の外をぼんやり眺めていた。
海沿いを走るローカル線。
時折、トンネルに入るたびに、車内の音だけが近くなる。
ゴトン、ゴトン――。
レールの継ぎ目を越える音。
遠くで誰かが駅弁の包み紙を開く小さな音。
缶のお茶を置く音。
静かに流れる車内アナウンス。
旅には、不思議と「音の温度」がある。
新幹線のような速さの中にも、
地方線のゆっくりした揺れの中にも、
その土地ごとの呼吸が混ざっている。
私はいつも、どの席に座ると「旅の音」が一番聴こえるのだろうと考えてしまう。
窓側か。
通路側か。
進行方向か。
それとも、あえて後ろ向きか。
海側の席では、光が車内に反射し、
山側の席では、影が静かに流れていく。
駅に停まるたび、
人の気配が少しだけ入れ替わる。
降りる人。
乗ってくる人。
別れ。
再会。
何も語られないまま通り過ぎる人生。
その空気まで、列車は運んでいる。
昔、旅とは「移動」ではなく、
時間の流れを感じることだったのかもしれない。
急ぐためではなく、
景色の変化に心を預けるために、人は列車に乗った。
窓の外に、夕暮れの海が見えた。
オレンジ色に染まる波。
防波堤に立つ釣り人。
遠くの踏切の警報音。
その瞬間、
誰かの思い出と、自分の記憶が重なった気がした。
旅は、場所へ向かうものではなく、
忘れていた感情へ戻っていくものなのかもしれない。
