今までのあらすじ

ついにケースワーカー立ち合いの元、妹・莉子と、北寿老健で会ったコオ。
父の身分証を手に入れるため耐えた、不毛な話し合いで消耗したコオは友人美奈に会い、録音した莉子との話し合いを聞いて客観的な感想を言ってくれ、と頼んだ。美奈は『おかしいいのは莉子』といい、コオの泣きながら話す言葉を受け止める
 

 
 「でさ…とりあえずこれで手に入れたわけだよね、お父さんの身分証。これからどう動く?」
 
 美奈は口調を変えてそう尋ねてきた。
 
「…そういうとこだよ。」
 
 コオは涙を拭いて破顔した。
 
「何よ」
「次へ向かわせてくれるところ。」
「ばかね。これが私達、I高のカラーじゃないの。」
 
 コオと美奈は二人で笑い出した。
 
 美奈は、私の高校時代からの友達は、こうやって私をいつも救ってくれる。
 いつもいつもベッタリと仲がいい訳じゃない。
 喧嘩だってしてきた。
 モヤモヤとして、距離を取るときだってあった。
 それでも、大事なときコオを救ってくれるのは、いつでも高校時代からの友人たちだ。
 家に帰りたくなかった高校時代のコオを、部員でもないのに受け入れてくれた、美恵子や愛美といった同級生たち。
 介護システムが全くわからなかったコオに、丁寧に教えてくれた京子。
 そして、混乱したコオに、何も問いただすことなく会いに来てくれた美奈。
 
 「あのさ、コオ。」
 
 美奈は、ごくごくワインを飲むと、口調を変えた。
 
 「昔は知らないよ。コオとは高校からの付き合いだからそれより前は知らない。でもさ、少なくとも、その後はあんたはちゃんとやってきたじゃない。順風満帆とはお世辞にも言えない、波乱万丈だったけど。でも、仕事して。結婚して。子供育ててさ。あたし達と友達付き合いずっと続けてさ。あんたは…世間の全人口から言えば、トップ10%くらいのちゃんとうまくやってきた人なのよ?あんまり自分を卑下するもんじゃないよ。」
 「トップ10%は…言い過ぎだと思う…」
 「ま、ま、100歩譲ってもさ、30%には入ると思うけど?あたしら、I高に行って、大学入ったっていうだけで半分より上にいたと思うし。そこまでは・・・あれだよ。親がやってくれた面が大きいけどさ。そっからあと仕事してー、子育てしてーしかもちゃんと子供が高校入るまで育ててさ、それはうちらの力じゃない?しかもあんたには、ちゃんと、友達がたくさんいる。」 
 
 ちゃんとやってきたじゃない。
 うまくやってきた人なのよ。
 あんたには友達がたくさんいる。
 
 それがどれだけコオの心にしみたことか。
 コオの心は、安定を取り戻していた。
 あれだけ、混乱して、そのまま線路に飛び込みかねないほど自分を見失っていた数時間前が嘘のように。