今までのあらすじ

ついにケースワーカー立ち合いの元、妹・莉子と、北寿老健で会ったコオ。
父の身分証を手に入れるため耐えた、不毛な話し合いで消耗したコオは友人美奈に会う。
美奈はコオの録音した莉子との話し合いを聞き…『アタオカじゃん、無視無視』という。
 

 
 「あのさ、ケースワーカーの正しい態度だったのかどうかはわからないけど、その人立場を守ったんだと思うよ。でもこれ、莉子ちゃんの言ってるの、まちがいなくアタオカじゃん。悪いけどさ。こんなの無視よ。無視無視。」
 
 この時の美奈をコオは一生忘れることはないだろう。
 価値観が揺らぐ、というのがここまで人にダメージを与える、ということをコオは知らなかった。
 この時まで、まるで自分が溶けていってしまうかのような、恐怖と不安の中にコオはいた。
    莉子はおかしい、と思っていた。
 コオは自分が正しいと思うことをしてきたつもりだった。
 それになのに、たったこの1日でコオの自尊心も、価値観も、自信もなにもかもズタズタになり、今まで信じていたルールが何一つ通用しない異世界に迷い込んでしまった。
 美奈の言葉は、その異世界からコオを引き戻してくれた。
 いわゆる『まっとうな現実』に。
 コオがルールを知っている世界に。
 
 「かなうわけ、なかったんだと思う。」
 
 コオはつぶやいた。