************これまでの話********************************
父が脳出血で救急搬送されたのをきっかけに、実家と連絡を絶っていた娘のコオは、意識を取り戻した父との短いが穏やかな時間を送る。
一方父と同居のコオの妹、莉子はコオと、電話・FAX・コオの夫遼吾を介してのやり取りを使っても会話が食い違い意思疎通ができず、険悪な状態にある。
父の入院から1ヶ月が過ぎたころ、 コオは自宅に父が戻っら介護サービスを受ける準備を始め、父のことを話したいという莉子と会う。
莉子の言動の端々に違和感を感じつつ、父の退院にそなえてケアマネージャー立石に連絡を取るように言うコオ。自分の家族や仕事に忙殺される合間に、父の銀行通帳の手続き、莉子の代わりにケアマネージャー立石との連絡などを行っていたが、再び莉子から父を短期で施設に預けたい、という連絡が入る。コオは、金額的に「今はその時ではないと思う」と反対し、かねてから気になっていた、莉子はにもしかして精神的に病んでるのではないかと、ということを問いかけたが答えは得られず、いつものように、不毛なやり取りのまま、終わった。
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コオのノートが途切れている間、父の認定調査が終了した。認定調査の様子を、病院のケースワーカーと電話で話したという薄っすらとした記憶が残っている。
印象的だったのは、父はかなりしっかりと受け答えをしていたこと、そして立ち会った莉子が認定調査後に、ドクターを相手に、《父は人がいると頑張っちゃうだけで、本当はしっかりなんてしてない。本当はなにもよくわかってない。家族だけになると危なっかしくて、放おっておける状態ではない。》というようなことを言ったということだ。
「ドクターも、思ったより深谷さんはしっかりされている、とおっしゃってたんですけどね、娘さんが、そうおっしゃるので《そうか?》と。」
「確かに、認知症の方が、他人の前では頑張ってしまって、ご普通に見える、っていうのはよく聞きますけどね…でも父は私の前でも割としっかりしてます。年齢なりのボケはあるかな、とは思いますけど。…まぁ妹は、どうも、父の状態を悪く考える癖があるみたいで。」
もしかしたらあまりしっかりしてると思われて、介護認定が降りなかったら困ると考えたのだろうか。それならまだ理解できるのだが。
いずれにしても、介護認定が降りるには、1ヶ月位はかかるでしょう、といわれ、コオは、やはり施設に入れるとしても介護保険は使えないだろう、と検討をつけた。
施設についても、少しまた知識を仕入れないと。また響子に聞いてみよう。
コオにとっては、年齢なりだった、父の状況。現役時代、いつもきちんと書類を処理して(今思うとそうでもなかった気もするが)、何でも早めに済ませて、予定の時間に送れたことのなかった父が、耳が遠くなり、物事の理解に時間がかかるようになり、書類の字がうまく読み取れず、何回も間違える。
コオは、離れているから自分は受け入れられるのかもしれない、と思い、かすかに罪悪感も感じた。一緒に暮らしていた莉子には、おそらく我慢できないような辛いような状況があったのかもしれない。だから、私には自分は受け入れている、などと偉そうに言ったりはできない、できることは、様々な事務処理をこなすことくらいだな、とコオは思った。