************これまでの話********************************

父が脳出血で救急搬送された。2日後、意識を取り戻しERから別病院に転院し、実家と連絡を絶っていた娘のコオは仕事帰りの面会で父との短いが穏やかな時間を送る。
一方父と同居のコオの妹、莉子はコオと、会話が食い違い険悪な状況が続く。1ヶ月が過ぎようかというとき、莉子は姉・コオの夫、遼吾に繰り返し電話をし、会って父の今後を話したい、という。

 コオは全くなじみのなかった日本の”介護システム”について、友人・響子にレクチャーをしてもらい、自宅に父が戻ってから介護サービスを受けるために必要な事項、介護認定・ケアマネージャーを決める件に手を付ける。

 準備を一通りしたところで、莉子と会う日になり、コオは、父の希望する母の時同じケアマネージャーに連絡を取るように莉子に言う。

莉子はコオに、母の葬式代として50万円渡すようにコオに言う。

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 「わかった・・・」

 

 しぶしぶうなずたコオを見ずに莉子は言った。

 

 「それがあれば、私も安心してレッスンに行けるし。」

 

 レッスン?

 またレッスンだ。父が緊急搬送されたその日も、莉子は、私はレッスンだから入院手続きをやって、とコオに電話をかけてきた。

 レッスン。父から、莉子がパイプオルガンを始めたのは聞いている。しかし・・・

 何かがちぐはぐで、しっくりしない。

 しかし、この時コオはやはり、母の葬式にお金を出していなかったのが後ろめたかったのかもしれない。母の残したお金とはいえ、50万という大金をすぐ払うことに決め、深く考えずに早く帰ることばかり考えていたのだから。

 

 今思えば、母の葬式のときのことから莉子の行動は色々おかしな事はあった、と思う。

 コオの母は自宅で亡くなった。その時、何故か、父は葬儀会社との打ち合わせに同居の娘の莉子ではなく遼吾を連れて行った。コオはコオ自身の職場の同僚、職場の制度的なもの、それに加え、響子をはじめとする、数名の親しい友人からお香典をいただき、それら全てを遼吾を介して莉子に渡した。

 しかし、あの時、それに対して、挨拶のはがきも、香典返しもなかったのだ。だから、コオは、自分で香典返しを用意して挨拶をして、配って歩いた。今考えると、それだけでも奇妙だった。そして、あとになって分かったのだが、母の葬式の時に参列してくれた、親せきたちにも、一向に香典返しや挨拶のはがきが送られることがなかったらしい。そういう事務処理を莉子に任せていた父は、母の一番うえの兄から知らされて、初めてそれを知った。莉子はその叔父にかなりこっぴどく叱られ、ようやく香典返しを郵送したらしい。

 

 莉子の病気の兆候は、その時はとっくに現れていたのだ。

 しかし、父も母もまったく莉子の病気を認めていず、ましてや、長いこと連絡を絶っていたコオが知る由もなかった。

 ただ、違和感だけが、少しずつ、少しずつおおきくなっていた。