*************これまでの話********************************

父が脳出血で深夜から明け方にかけ、救急搬送されたと妹の莉子から連絡があった。
父に万が一のことが起こることを考えて、早いうちに妹の莉子にFAXで送ったToDoリストからはじまったコオと莉子のやりとりは険悪さを日々増すだけであった。

しかし、2日後父は意識を取り戻し、順調に回復しERから別病院に転院することになった。

転院前日に、莉子はコオの代わりにコオの夫・遼吾に送迎を依頼する。腹を立てるコオに遼吾は、「大事なことは、お義父さんの回復」と言い聞かせる。しかしコオは、父が遼吾を認識していることを確認してから、送迎を頼むことにする

 

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 次の日の朝、コオと遼吾はERの面会時間の開始に合わせてJ医大医療センターへ車で向かった。朝の面会は初めてだ。

 

 「莉子、なんで自分が行けないか言ってた?」

 「うーん?忙しいとかって。何で忙しいのか理由は全然言わないよ。いつもと一緒。」

 「・・・」

 

 莉子は、一体何で忙しいのだろう?コオには全くわからなかった。フルタイムで働いているわけでもなく、父は入院中。音楽のレッスンも、教えているわけではなく、習っているだけなら一体何でそこまで。忙しいのだろう?

 思えば4ヶ月前、母が亡くなって久しぶりに話したとき、莉子はやはり忙しい、と言っていた。

 

「お姉ちゃん、普段どれくらいに寝て起きてるの?」

「4時半から5時くらいに起きてる。起きるの早いから11時には寝るようにしてる。大概遅くなるけどね。」

 

コオは子供の時から早起き鳥だった。数年前からは更に早くなって、朝の1,2時間に軽い運動をしたり、仕事の一部をこなすようになった。仕事から帰ると台所に直行して夕飯を支度し、家事をやってへとへとになるから自分の時間は朝だけだ。

 反対に莉子は夜型だったように思う。でも、コオが知っている莉子は高校2年までだ。

  莉子は、言った。

 

「私ね、もう忙しくて、寝るのは11時12時だし、起きるのも4時とか5時とか。」

「ふーん、私は仕事柄ある程度慣れてるけど、基本的には、やめたほうがいいよ。夜、寝るのって大事だから。」

 

 コオは、適当に答えながら、莉子がこんな事を言うのは珍しい、とその時思ったのだ。子供の頃から、無理せず、余裕を持って、スケジュールをこなして行く莉子だった。テスト前にギリギリの状態になって、徹夜をする、何ていうのは見たことがなかった。

 その莉子が、寝る暇もないほど忙しい、とはなんだろう?

その時も、莉子は何故忙しいのか、待ったく語ることはなかった。コオは莉子とはあまり話をしないようにしていたし、実際したくなかった。興味を遮断した状態、というのが一番正しいかもしれない。もう、ずっと昔に仲のいい姉妹という関係は諦めていたし、血はつながっているだけの他人だと割り切れば、気が合わない他人の生活状態に興味を保つ必要はない。実際それが一番コオが、安定していていられる状態だったのだ。なのに、この、興味はなくても、知らなければいけない状況になったが、依然、莉子は語らない。

 余計な周辺情報と、コオを責める言葉だけはキンキン、と無限に語り続けるのに。

 

「一体何でそんなに忙しいんだろうね?」

 

遼吾が独り言のようにつぶやき、コオと二人で病院の駐車場で車を降りた。