*************これまでの話********************************
父が脳出血で深夜から明け方にかけ、救急搬送されたと妹の莉子から連絡があった。
コオは今は感情に蓋をして、娘らしいことをしようと考える。父に万が一のことが起こることを考えて、早いうちに妹の莉子にFAXで送ったToDoリストからはじまったコオと莉子のやりとりはまったく話がまったく噛み合わず、コオは自己否定していた過去のフラッシュバックに悩まされる。 父は意識を取り戻し、順調に回復しERから別病院に転院することになった。
転院前日に、送迎するように莉子に言われてコオは腹を立て、強い言葉のFAXを送ってしまう。それはコオの罪悪感の始まりでもあった。
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その日の夜のことだった。仕事から帰ってきた遼吾はいつものように遅い夕飯の準備をしているコオに言った。
「莉子さん、俺に電話かけてきたよ。明日お義父さん病院に送ってくれって。」
「・・・は?」
瞬間、コオの血が沸騰した。
「どういうこと?」
「お前がさ、朝断ったろ?それで俺にかけてきたんだよ。自分は忙しくていけないから、いってくれって。」
「冗談じゃない!どういう神経してるの?あなたまさかOKしたわけ?」
「・・・だって、じゃあ、莉子さんが行けないなら誰が行くのさ。」
遼吾は静かに言った。
「大切なのはお義父さんが救急から病院に移って、1日も早くリハビリを開始できることだろ?莉子さんと張りはあってる場合じゃないだろう?」
コオは絶句した。遼吾は正しい。自分も・・・わかってるから、それがわかってるから、仕事も・・・前から日がわかったら休もうと、行こうとは思っていたはずなのに。莉子の思い通りになるのが嫌で。それだけじゃない、莉子は間違っている、間違っているのに、何故、いつも誰も正さないのか。それが嫌で。
コオは息をついた。
「・・・確かに。あなたの言うとおりだよ。あなたが正しい。でも、私本当に明日は休めない。ギリギリ、2時間遅れて行くのが精一杯。…それよりも、父があなたを認識できるのかどうかがわからないの。」
父の回復ぶりはかなり目覚ましいものではあったけれど、遼吾のことを覚えているのかどうかは、本当にまだわからないのだ。自分の会社時代とか、自分の学生時代のことは微に渡り細に渡り、コオに語り続け、ともかく何十年も昔の記憶は無事らしい。でも最近の記憶は脳の全く別のところにしまっているのだから、わからない。
それに、まだ、壁のある病室に移る前にコオが息子たちを連れて行ったとき、「遼太と健弥連れてきたよ」と声をかけたら
「どうも、わざわざすみませんね」
と父は言った。それはコオには他人行儀に聞こえたし、もしかしたら、父は孫のこともよく思い出せてないのかも知れないと思ったのだ。ましてや父が倒れてから、遼吾には一度もあってない。父が倒れたのが月曜日だったから、今はまだ、休むときではない、とコオが言ったのもあって、遼吾はいつもどおりに出勤していた。だから週末まで動きが取れなかった。
万が一…父に遼吾の記憶がなかったら・・・全く知らない他人にいきなり、義理の息子なので送っていきます、ということになって父は大丈夫なのだろうか?
コオは不安だった。