**これまでの話**

父が脳出血で深夜から明け方にかけ、救急搬送された。
コオは妹・莉子に頼まれ入院続きを終え、コオは意識のない父に話かけながら、短い面会時間を終えた.
 長い間断絶していた実家だったが、今は感情に蓋をして、娘らしいことをしようと考えるコオだが、自分の家族のもとに帰って、ひと時、日常に戻っていた。

 

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 次男の健弥が塾から帰ってきたのは、ほとんど夫・遼吾と同時だった。

 遅い夕飯を済ませた後、コオは、莉子にFAXを送ることにした。莉子が携帯電話のメールアドレスを持っているのかどうかすら、コオは知らない。携帯電話は持っているようだが、番号も知らないし、知りたくもなかった。

 莉子からの連絡はいつも電話で、コオはメールアドレスを聞かれたこともなかった。

 

 少し引っかかるのは、車で明け方病院から彼女を父の家まで送る途中、『連絡は電話にしてくれ』と言われたような気がする。『FAXは嫌い』と言ったような…?


  (FAXが嫌いってなんだよ全く。しっかり記録も残るんだから。)

 

 コオはブツブツと自分に言い聞かせながら、FAXで読みやすいように少し太めのサインペンで、A4の用紙に原稿を書いた。内容が分かり難くないか、遼吾にチェックしてもらう。

  FAXにする理由はもう一つあった。

  もともと、莉子の話は分かり難い、とコオは思っていた。

 装飾が多くて、結論がわかりにくいのだ。何が一つ聞くと、それに対する答えになかなかたどり着かない。

 

 例えばこんなふうだ。『Kちゃんと出かける予定どうなってる?』と聞いたとする。

 コオとしては月曜日の7時の予定、でも忙しいみたいだから変更の可能性あり、というような答えを期待している。ところが莉子は、周辺情報を伝えるところから入る。 

 

 『Kちゃんはね、忙しくって、それで連絡何回も何回も取ったんだけどなかなか通じなくて、電話もね、Kちゃんが出られるのって、ほら、レッスンが終わってからの時間じゃない?いや、私もね、それわかってるから・・・・』

 

 コオは途中で嫌になり、

 

『だから、行くの行かないの?行くなら何曜日の何時!?』

 

と声を荒げる事になる。
 確かに自分はせっかちかもしれないけど、あの話し方は辟易する。

 文字にすれば箇条書きになる。莉子は何度でも読み直して、自分のやるべきことをチェックすれば良い。余計な周辺情報はその時点である程度落ちていくだろう。手間は口頭でやりとりするより、ずっと減るはずだ。それに記録としても残せる。…莉子がFAXで返信してくれば、なおいい。コオは、父のことはすべて記録していくつもりだった。


 結局これらのコオの思惑は、奇妙に歪められて解釈されることになるのだが、このときはコオには想像すらできなかった。