すみません、ここはほとんどコオ本人が書きました。

切りどころがわからなくて今回はちょっと長いです。

 

これまでの話

深夜に父が倒れ、救急車を呼んだ電話を妹・莉子から受けたコオは自宅より病院に向かう。

父はERに搬送された。脳出血であった。

 コオは一旦、自分の家族のもとに帰宅する。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  

 長男・遼太の高校は、さっき行ったばかりの病院を通り過ぎてさらに10分ほど車で走ったところにある。コオは、特別に送っていくことに決めた。受験直前だし、というのはいいわけで、コオは一人になりたくなかっただけかもしれない。

 遼太は軽度発達障害で、いわゆる『空気の読めない』傾向が強い子供だ。物事に熱中すると、周りが見えなくなる。授業中でもお構いなし。高校の2年になって、物理に楽しみを見つけるまで、コオには気が休まる時が全くなかった。軽度発達障害は、言葉としては知られているが、知られているからと行って、サポートが有るかというと、公立の学校では無いも同然だった。

 コオにとって、学校教師も周りの保護者も大半は敵のようにしか感じられず、ただひたすらに戦い続けた。息子の状況を診断書付きで提出しても、いくら学校にコオ自身が、訴えても、気にかけてもらうことも、サポートを得られることもほぼなかった。それどころか、授業に集中してない、などの理由で呼び出される方が多かったくらいだ。

 

 「障害なんてあったっていいんだよ。問題は、じゃぁ、どうする?ってことだけ。」

 コオは、自分に言い聞かせるように、遼太に向かって繰り返し言って聞かせてきた。

 

 「母さんだって、多分そうだ。でも今、普通に暮らせてる。大丈夫。よくしていこう、っていろんなことを試しつづけてれば、なんとかなる。」

 

 遼太が中学に入ったとき、部活動でいじめられる、と泣いて帰ってきた。わずか入学1ヶ月だった。当時、まだ平均身長にも届かない小さかった遼太の前にコオは仁王立ちになり、厳かにいった。
 

 「命に関わらない程度にやり返してよろしい。お前は嫌だ、ということを相手に思い知らせなさい。母さんが許可する。先生になんか言われたら、母さんがやっていいっていった、と言いなさい。それでも先生がなにか言うならちゃんと母さんが説明するから連絡くれって言ってたって、そう言って構わない。でも、まずは自分で戦いなさい。」

 そして、付け加えた。

「・・・あ、でも、目だけは狙わないでね。アレは取り替え効かないから。」
 

 遼太は大きな目に涙をためていたが、頷いて学校に行った。やり返してよろしい、そう送り出した後、これは賭けだ、とコオは動揺を抑えることができなかったものだ。遼太は、どんなふうにやり返すだろう。そもそもやり返せるのか。取り返しがつかないほど怪我させて帰ってきたらどうしよう。それか、反撃したことで余計いじめられたりしないだろうか…

 幸い、遼太は、相手にひどい怪我をおわせることはなく、けれど、反撃をすることで、いじめは止まった。もちろん、運が良かったのだ、とコオは思っている。

 

しかしその後も様々な形で、トラブルは続いた。空気の読めない遼太は、日本的な忖度を必要とする人間関係を結ぶのが、周りの子供とも、先生とさえ難しかった。そして、遼太の中学の先生は問題のある子には教師として向き合えない、ろくでなしばかりだ、というのがコオの結論だった。


 「遼太、あんたはある意味ラッキーだ。先公なんて、大概は頼りになんかならん、てのを早いうちに学べたんだから。」
 コオは乱暴に言い放った。
「小3のときの先生覚えてる?」「うん、大好きだった」
「それは、すごいことなんだよ。大半がしょうもない先生なのに、素晴らしい先生に会えた、ってのは奇跡みたいなもんだ。そういういい先生に一度もあえなくても不思議じゃないのに。1年だけでも素敵な先生に会えたことに感謝しな。つまり・・・先生なんて頼りにならんほうが普通で、あの先生が特別だったんだなって、思っとけ。」


 先生を神格化する必要はない。特にろくでなしは。

 それはコオの持論だった。

 いつもながら、こういうときの乱暴なコオの物言いに、夫の遼吾は、何も言わなかった。ほんの少しでもいい、私の言葉に遼太が救いを見出してほしい。コオが願っていたのはそれだけだった。
 遼太には、それでも、ちゃんと生徒を見てくれる先生が必要だ、というところでコオも遼吾も意見が一致したので、高校は私立に入れた。勉強はそこそこできる方だった遼太は特待で入学できたし、遼吾の障害を理解し、両親と連携を取り、きっちり面倒を見てくれる先生に出会うこともできた。周りが見えなくなるほどの少々やっかいな集中力は、高2の後半から、好きな物理と数学に向けられるようになり、コオと遼吾はやっと、少し息をつけるようになったのだった。

 それは実にここ1年の事だ。

 

 厄介なPTA活動は土日しかないし、先生は協力的だし、受験の年であるにも関わらず、コオは今まで味わったことのない、信頼感とやすらぎを学校に感じていた。それは遼太の通った小学校でも中学校でも味わったことがない感覚だった。(この学校を選んだのは結果的には正解だったな)コオは改めて思いながら、車を校門から少し離れた有料駐車場に滑り込ませた。